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アジアの潮流

連載コラム
「アジアの潮流」

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パキスタンの女性人権運動家 ターミナ・デュラニ氏

(2002年4月16日付)

 パキスタンは家父長的な傾向が色濃い社会だが、その抑圧と闘う最も著名な女性のひとりにターミナ・デュラニ(Tehmina Durrani)がいる。

 昨年も首都イスラマバードで記者会見を開き、夫に酸で顔を焼かれ視力も失った女性とドメスティック・バイオレンス被害者救済を訴えるとともに、女性の人権向上を誓ったはずの政府の不作為を糾弾(きゅうだん)した。

 自分の思いどおりにならない妻に腹を立てた夫や求婚を断られた男性が意趣返しに酸を浴びせる、こうした犯罪は珍しくない。

 デュラニの名が国際的に知れ渡ったのは、1992年に英語で出版した半生記『My Feudal Lord』による。

 彼女はナワブ(=太守、亜大陸の伝統的な支配・貴族階級)出身のパンジャブ民族の母と、守旧的なパシュトゥン民族の父との間に生まれ(53年)、パンジャブ州元首相の7番目の妻に。

 直後に起こった軍事クーデターでロンドンに亡命したのち帰国したが、夫が投獄され、4年間奔走して釈放させた。が、まもなく妻の誠意は踏みにじられ離婚を決意。親権も財産分与の権利も奪われた。

 98年にはやはり家父長制の問題を扱う初の小説『Blasphemy』を発表し、注目を集めている。自らなめた辛酸(しんさん)を、それをもたらした社会的土壌を改革するためのエネルギーに転化して活動するデュラニのような存在は、もっと知られるべきだと思う。

(関口千恵・ジャーナリスト)