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アジアの潮流

連載コラム
「アジアの潮流」

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スリランカ停戦合意――内戦20年、和平機運の光と影

(2002年4月2日付)

 中東を除くアジアにおいて自爆テロといえば、スリランカの反政府ゲリラ「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)の代名詞のようなものだった。

 そのLTTE最高幹部と、昨年12月に成立した統一国民党(UNP)のウィクラマシンハ政権の間で、ノルウェー政府の仲介により、無期限停戦協定が2月23日から発効した。3月上旬にはノルウェーをはじめとする北欧4カ国の国際監視団が現地入りし、戦闘行為の完全停止を皮切りとして早ければ今年8月に終了する予定の和平プロセスが進められている渦中にいまはある。

 およそ20年に及ぶ内戦を経て、過去最大の和平機運がここにきて高まっている。『TIME』誌(2月18日号)などは、昨年10月に米国務省が発表したばかりの定例の外国テロ組織リストに挙げられているLTTEが今回の停戦協定に調印したのは、同国による対テロ戦争の成果だというリードを打っているほどだ。

 それは牽強付会(けんきょうふかい)というものだろうが、スリランカ内外にあるのは楽観論ばかりではない。和平交渉の前提に不可欠なのは信頼醸成だが、内戦長期化の最大の原因がまさに全土を覆う相互不信だからだ。「家族以外ほとんどだれも信用できない」というスリランカ市民の本音を、どれだけ耳にしてきたことか。

 一般に、上座部仏教徒主体の多数派シンハラ民族とヒンドゥ教徒が中心の少数派タミル民族との宗教民族紛争だと説明される。だが、歴史的背景のように無視できない問題はあるにしても、他民族への些細(ささい)な違和感が凄惨(せいさん)な内戦に至るまでには、必ず、それを“演出”する者、それによって“利益”を得る者がいるのだ。そうした扇動行為は往々にして、他民族に対する悪意のレッテル貼(は)りの連呼から始まるものである。

 和平プロセスに期待し監視すると同時に思うのは、そのような扇動にひとたび洗脳されてしまえばどんな恐ろしい結果を導くことになるか、日本社会がそこに踏み込んでいないと完全に言い切れるかということだ。

(関口千恵・ジャーナリスト)