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(2004年8月17日付)
サッカー・アジアカップの日中決勝戦で中国の観衆が示した露骨な反日機運に多くの日本人は一様に驚いた。中国人大衆(の一部)にある反日感情の根深さを改めて知ったからだ。大相撲の中国公演の時に、あの中国人大衆(の一部)が示した歓迎ぶりはどこへいってしまったのか、というわけだ。
「たかがサッカー」という声も聞こえてくる。だが中国に限らず、欧州でも南米でもサッカーほど国威高揚にもってこいのスポーツはない。スポーツマンシップうんぬんとか、観衆の品位を論議してみても反日機運を解消させる手立てにはならない。実は、アメリカでも米メディアがその模様を現地から生々しく伝えたこともあって、アジア関係のアメリカ人専門家の間ではこの話で持ちきりだ。
日頃、同根とされる日中間の「いちゃつき」には猜疑心を持っているアメリカだが、日中が極度にいがみあうことはよしとしない。
「中国人の反日感情は別に新しいことではない。問題は、第4世代に入った中国指導部が、民族主義高揚のためには大衆の自然発生的な反日感情をあえて抑制しなくなった、むしろ限界すれすれのところまで沸騰するのを弄ぶようになったのか。あるいは抑制できないところまで中国が『民主化』しだしたということなのか、だ」(米上院外交委員会スタッフ)
「日本人外交官の車にまで損害を与えるような暴徒を官憲が許しておくことはこれまで考えられなかった。5000人の警官が動員されたというが、1党独裁国家なら、政治的な横断幕などをスタジアムに持ち込むことは事前に防いだはずだ。そこが新しい」(カリフォルニア大学教授)
つまりこういうことだ。「中国の青少年たちは反米、反小日本がちりばめられた教科書で歴史を学んでいる。大衆は反米、反日の下地が出来上がっている中でイラク戦争や対台湾武器供与、小泉首相の靖国参拝や自衛隊の海外派遣が一方的に報道されている。放っておけば反米、反日にならないほうがおかしい。その手綱を緩めたり、引いたりしてきた指導部だ。今回は引こうとしなかったのは、なぜか」(共和党系シンクタンク研究員)
英外務省のセッキングトン分析官によれば、中国のナショナリズムには「国家主導ナショナリズム」と「大衆ナショナリズム」があるという。前者には政治外交上の打算があり、後者には純真無垢な民族意識と中華思想に根ざしたプライドがあるという。
中国指導部は今回の事件の収拾に頭を痛めている、と日本人北京特派員は報告していた。が、むしろ収拾策に積極的に動かねばならないのは日本政府ではないのか。
「日中は隣国だし、同じ東洋的価値観の基盤に立って仲良くできないはずがない」との建前論だけで、あとは行き当たりばったり、打算で転がしているだけでは、この根深い反日感情は解消しない。感情論は脇において、日本が従来の対中政策を戦略的見地から洗いなおす時期にきたのではないだろうか。
(高濱賛・在米ジャーナリスト)