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(2000年7月25日付)
梅雨が明け、夏雲が広がりだすと、まもなく今世紀最後の「8・15」をむかえ る。この日を機にわたしたちが学び取ったもののひとつは、民主主義の大切さであ る。そしてそれは、当然ながら、日本だけに限定されたものではない。国際社会と共 有すべき財産のはずである。
たとえば、ビルマ(ミャンマー)の民主主義。一九九〇年五月に実施された総選挙 で、民主化運動の指導者アウンサンスーチーさんが率いる国民民主連盟(NLD)が 議席の八割を獲得する圧勝をおさめた。だが、軍事政権は選挙結果を尊重して民政移 管をおこなうという選挙前の公約をホゴにして、いまだに権力の座に居すわりつづけ ている。その間、経済は悪化の一途をたどるばかりだが、軍政はNLD弾圧の手はゆ るめず、民主化運動の拠点になるとして大学まで閉鎖している。
朝日新聞は社説(五月二十九日)で過去十年間の軍政について、「実績は惨たんた るものであり、軍事政権がこの国を治めている限り、将来の展望は開けないだろう」 ときびしい評価を下し、日本政府がお膳立てした軍政との経済構造改革の討議や途上 国援助(ODA)の本格的再開の模索について、「軍事政権を相手に援助を拡大して も、政権の延命に利用されるだけであろう」とクギを刺している。
しかし、すべてのメディアが軍事政権と日本政府の対応に批判的なわけではない。
同じ日の読売新聞の社説は、経済構造改革への支援について「国民生活に直結する 経済の手助けを通し、軍政への政治的メッセージを含ませた意欲的な取り組み」と評 価している。経済構造改革支援の専門家会合設置を伝える日本経済新聞(六月十日) は、民主化勢力弾圧を理由にビルマへの経済制裁をつづける米欧各国と一線を画す、 日本の独自の対応と評している。
日本は言論の自由が保障された国であるから、さまざまな見方があって当然であ る。欧米の人権外交に問題があるのも事実である。だが、この数年のビルマ報道の多 くを見ていてどうも気になることがある。それは、民主化はじめこの国の現実に対す る視点だ。
斉藤邦彦・前駐米大使は「人権と外交」と題する日本経済新聞のコラム(六月十二 日)で、「人権はあらゆる国で尊重されるべき普遍的価値であるが、場合によっては それぞれの国情に応じて一歩一歩状況を改善していくべきである」と述べ、自身のビ ルマ体験にふれている。九〇年の総選挙の翌年、選挙結果を尊重して新政府を樹立す るよう要請するためにヤンゴンに出張したさい、選挙管理委員長のビルマ人が「あな た方は何の権利があってミャンマーの人権をうんぬんするのか」と激怒したというの だ。
斉藤氏のいう「国情」には、圧倒的多数のビルマ人が人権と民主主義を支持し、そ のためにおびただしい血を流したという事実は、なぜか含まれない。そして多くのビ ルマ報道も、欧米とは一線を画す日本の独自外交という政府の言い分をたれ流すだけ で、それが民主化と国民生活の改善にどのような成果をあげているのかいないのかの 検証はついぞしたことがない。
このように、官僚やメディアの視野が民主主義を支える民衆のレベルにまでおよば ない背景には、おそらく、われわれが五十五年前に学び取ったはずの民主主義にどこ か限界があるからにちがいない。日本政府の軍政への支援強化を批判するアウンサン スーチーさんは、元ニューズウィーク東京支局長のバーナード・クリシャー氏のイン タビュー(読売新聞二月十八日、東洋経済新報、インターナショナル・ヘラルド・ト リビューン)で次のように述べている。
「日本の民主主義は(米国から)与えられたものです。異論はあるでしょうが、い まのビルマ国民は、当時の日本国民よりも、民主主義を受け入れる用意ができていま す。われわれは(軍政発足以来)十二年間も民主主義を求めて闘っているのです」
わたしたちはこの半世紀以上かけて、民主主義を自前のものにきたえあげるため に、どれだけ闘ってきたといえるだろうか。
(神田外語大学教授)