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アジア報道の窓

連載コラム
「アジア報道の窓」 永井 浩

【5】


タイでアジア開発銀行総会にデモ
反グローバリゼーションの抗議行動

(2000年6月13日付)


 五月初めの連休中に、わたしはバンコクに近い古都アユタヤで開かれたある国際シ ンポジウムに参加した。タイではたまたま時をおなじくして、六日から北部の古都チ ェンマイでアジア開発銀行(ADB、本部マニラ)の年次総会と東南アジア諸国連合 (ASEAN)と日本・中国・韓国の蔵相会議が開催されており、タイの新聞は連 日、二つの国際会議の模様を大きく報じた。

 ▼通貨危機対策の“成果”の陰で…

 日本の新聞でも一面で報じられたように、蔵相会議では、通貨危機で資金繰りにゆ きづまった国に対して短期に資金を融通しあう「通貨スワップ協定」の拡大・強化に 合意したことが大きな成果だった。この協定はASEAN五カ国内ではすでにある が、今回あらたに外貨準備が豊富な日中韓の三カ国が参加することになったことで、 東アジアの通貨安定への備えが格段に強化された。

 アジア開銀総会では、千野忠男総裁が最重要目標をこれまでの「経済成長の促進」 から「貧困の削減」に絞っていく姿勢を強調し、その実現のために民間の投資を積極 的に活用しながら、地方を中心としたインフラ(経済・社会基盤)の整備などに力を 入れていく方針を明らかにした。これを受けて宮沢喜一蔵相は、一日一ドル以下で生 活している貧困層を削減する基金の創設のために、日本が百億円を拠出することを表 明した。

 タイの各紙(といっても、わたしが読めるのはバンコク・ポストとネーションの英 字紙だけだが)は、こうしたニュースを連日、一面から数ページにわたって詳報し た。しかし、それにおとらず各紙が力を入れて報道したのが、「反ADB」の抗議行 動だった。

 総会の会場周辺には連日、タイ全土から数千人の農民、労働者、学生、エイズ患者 などの団体と内外の環境、人権NGO(非政府組織)代表らが集結し、アジア開銀の タイヘの融資停止をもとめた。彼らによれば、ADBは融資にあたって財政赤字削減 のため、教育機関や病院の民営化などの条件をつけており、一連の施策はタイの人々 の生活の質を向上させるどころかさらに悪化させることにつながるという。

 ▼シアトルWTO総会デモのアジア版

 タイ紙は抗議行動を「反グローバリゼーション抗議行動」(ネーション)ととら え、毎日、一面でカラー写真とともに報道した。昨年十一月末に米シアトルで開かれ たWTO(世界貿易機関)閣僚会議と今年四月のワシントンのIMF(国際通貨基 金)・世銀総会が大規模な市民運動の標的となり大荒れとなったが、そのアジア版と いう意味である。

 抗議の参加著たちはいずれも、国際機関の背後に多国籍企業の海外進出戦略を見て とり、それが世界的な貧富の格差の拡大を促進すると警鐘を鳴らす。タイ政府はチェ ンマイでも抗議行動が暴力騒ぎに発展するのを阻止するために、多数の警官と兵士を 配備したが、各所でこぜりあいが発生した。

 わたしはこれらタイ市民の声が日本の新聞ではどのように伝えられているかに興味 をいだき、帰国後さっそく各紙を開いた。結果は期待はずれだった。朝日新聞が「A DBの施策に不満を訴える大規模なデモ」(五月八日朝刊)と「総会の主役は日本と 米国とNGOだった」(同九日朝刊)を報じているだけだった。記事では、「ADB のタイヘの支援は貧しいものをますます貧しくするものだ」というNGOや農民の反 発とともに、「市民の抗議は誤解に基づくもの」とするADB側の主張も載ってい る。

 グローバル化が進む現代世界では、もはや国家や政府だけが主役ではなくなってき ている。多国籍企業やNGO、自治体、市民などさまざまな非国家アクター(行為主 体)が相互に反発したり協調したりしながら、よりよき国際社会をつくっていくこと がもとめられている。わたしが参加したシンポジウムも、そうした視点から、これま での秩序や価値観に替わる「オールタナティブ(選択的)な政治」の可能性が論議さ れた。だが日本のメディアは、こうした国際認識をどのていど持ちあわせているだろ うか。

(神田外語大学教授)