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アジア報道の窓

連載コラム
「アジア報道の窓」

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タイ上院選挙に民主化のうねり
「スラムの天使」当選の背景に“弱者”の社会参加が

(2000年4月11日付)


 タイから、うれしいニュースが届いた。三月四日に行なわれた上院選で、「スラム の天使」といわれるプラティープ・ウンソンタム・ハタさんが当選したのだ。

 ▼タイ政治の「新しい潮流」示す結果と

 これが朗報なのは、わたしがプラティープさんと夫の秦辰也さん(シャンティ国際 ボランティア会前事務局長)を個人的に知っているという理由だけによるものではな い。それよりも、彼女のような草の根の活動家らが何人か初議席を獲得したことが、 タイの政治の「新しい潮流」(毎日新聞三月六日、読売新聞同七日)を示すものだか らである。

 今回の上院選が注目されたのは、一九九七年に発効した新憲法にもとづく初の国政 選挙だったためである。新憲法には、任命制をやめて直接選挙による上院議員の選 出、立候補者の政党所属の禁止、首相や閣僚らの罷免(ひめん)権をもつ上院の権限 の強化などが盛り込まれており、選挙結果はタイの政治改革の行方を占うものと位置 づけられていた。

 プラティープさんは、バンコク最大のスラム、クロントイ・スラムで生まれ育っ た。隣接するクロントイ港などで働きながら夜間中学を卒業、十六歳のときにスラム のなかに「一日一バーツ学校」を姉とともに開いた。貧しさゆえに義務教育すらなか なか受けられない子供たちのためだ。

 それらの活動がみとめられて、一九七八年にアジアのノーベル賞といわれるマグサ イサイ賞を受賞。その賞金で設立した財団を拠点に、スラムの人々の生活改善と権利 の獲得のための活動に奔走しつづけている。九二年の流血の民主化運動では、次男を 身ごもりながら運動の先頭に立った。

 スラムの人々はこれまで、有力者に票を買収されることが多かった。だが今回初め て、自分たちの利害を本当に代弁してくれる人物として「スラムの天使」を立候補さ せることができたのである。

 ▼都市中間層が主導する上院改革の光と陰

 定数二百の議席の半数以上は軍・警察の元幹部や元高級官僚ら任命制時代と変わら ぬ顔ぶれの当選者だったが、その一方でプラティープさんのようなNGO(非政府組 織)の活動家や法律家など政党色の薄い候補者が何人か当選したことの意義はけっし て少なくない。タイの地元紙は「民主化の進展に貢献する」と評価している(朝日新 聞三月七日)。

 では今後、タイの民主化はどのように進むのだろうか。もちろん予測はむずかしい が、新憲法が発効したあとにプラティープさんと会ったとき、彼女はこんなことを言 っていた。

 「現在のチュアン政権はこれまでの政権に比べて民主的と評されていますが、彼ら が代弁しているのは都市の中間層の利害です。都市と農村との貧富の格差の拡大や社 会的弱者の問題の解決に現政権が本気でとりくむ気があるかどうか疑問です」

 新憲法は九二年の民主化運動の成果として生まれたが、その内容は経済発展ととも に登場してきた都市の中間層の意向をかなり反映したものといわれる。国政選挙の立 候補資格を大卒以上としているのは、その一例だ。

 高等教育を受けられるだけの経済的豊かさを享受する彼らによれば、教育程度の低 い地方の有力政治家は農民を買収して国会議員になり、市場の論理を無視した利権誘 導型の金権政治にうつつをぬかす。しかし、タイの経済を発展させていくためには、 こうした政治家を排除して市場原理を貫徹しなければならず、その手段として設けら れたのがこの立候補資格条項とされる。

 プラティープさんは苦学して高等師範夜間部を卒業したから立候補できたが、貧し い農民や労働者のほとんどは高等教育を受けられないのが現状だ。しかも彼らは、市 場原理にもとづく経済発展の犠牲者であることが多い。彼女の現政権批判はその点を 突くものであり、ひとくちに民主主義といっても、その具体的な内容は階級によって 異なるのである。

 「タイ社会では、今も多くの貧しい人が苦しんでいます。わたしは社会的弱者のた めに役立ちたい」という彼女の立候補の弁が実をむすぶときはじめて、真の民主主義 が実現したといえるのである。前途はきびしいが、第一歩は踏み出されたようだ。

(神田外語大学教授)