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(2000年3月14日付)
一九七五年から四年足らずの間に百万人を超す国民を虐殺したとされる、カンボジ アのポル・ポト政権の「人道に対する犯罪」を裁く国際法廷が四月にも開廷の予定 だ。
カンボジアのフン・セン首相は当初、国家主権を盾にこの裁判に反対していたが、 欧米諸国や国連は、人権は国家主権に優先するという冷戦後の国際的な主張をふりか ざす一方、援助の供与というアメもちらつかせて、開廷をせまった。
同首相は被告の選定や裁判官・検事の人選について、できるだけカンボジア側が裁 判の主導権を握れる構成にしたいのに対して、国連は裁判の公正を期すために国際的 な基準を満たした法廷を求めている。
こうしたなか、小渕首相は一月のカンボジア訪問でフン・セン首相に、国際世論へ の歩み寄りをうながした。
日本の新聞も人権という正義の旗振り役を買って出ている。朝日新聞は「汚れた時 代を振り返るのはつらいことである。しかし、カンボジアを再建するためには、この 犯罪を問い、過去を克服することが欠かせない」(一月十四日)と主張し、読売新聞 は「後世に残る裁判ができれば、この国の未来にとっても素晴らしい」(同十九日) と解説している。
そのほかの報道も基本的に、国連の正義に対して国内事情を優先して抵抗するカン ボジアという図式で、この問題を追っている。フン・セン首相には、過去を不問にす る約束でポル・ポト派幹部を投降させ国内の安定を達成したのに、彼らの罪を改めて 問うことはふたたびカンボジアの平和と安定を損ないかねない、との不安が強いとさ れる。
たしかに、ポル・ポト政権の虐殺がなぜ起きたのかを解明し、悲劇の再発防止のた めの教訓を引き出すことは重要である。だが同時に忘れてならないのは、この小国の 内戦やポル・ポト政権の誕生、虐殺、同政権の延命などに、米、中、日、アセアン (東南アジア諸国連合)などの各国や国連がなんらかの責任を負っているという歴史 的事実である。
そうした自らの過去は棚上げにして、米国や国連がいまになって人道の正義をふり かざしてカンボジアの過去を断罪しようとする姿勢に、わたしは違和感をおぼえる。
また、そうした疑問をいだかないかにみえる日本のメディアは、九二年からの国連 カンボジアPKO(平和維持活動)を安易に「成功物語」にしたてあげ、自衛隊によ る日本の「国際貢献」を自画自賛する政府に同調したときと同じことを繰り返してい るように思える。
国際社会や国連の努力なしには、二十年にもおよぶカンボジア内戦に終止符が打た れなかったことは確かだ。だが、内戦をこれほど長期化させたのは、冷戦論理にもと づく国際社会の思惑だった。PKOについても、タイの有力英字紙ネーションは「多 くのカンボジア人は、国連はその任務をまっとうできなかったと言っている」と報じ た。国連が達成したとする「平和」と、カンボジア国民の求めた「平和」とのあいだ にズレがあったからである。
朝日新聞は、国際法廷による真相究明をつうじて国民和解が図られることを「虐殺 の被害者である国民が注視している」(一月二十五日)と書く。だが、そのかんじん な国民の複雑なおもいはどこにも報じられていない。
アジア問題で定評のあるファーイースタン・エコノミック・レビュー誌(二月十七 日号)は、最近カンボジア北西部でおこなわれた国民和解に関する公開討論での一女 性の発言を、多くのカンボジア人の気持ちを代弁するものとしている。
彼女は、ポル・ポト政権下で父と一人っ子を亡くしているが、やっとつかんだ現在 の不安定な平和が旧ポル・ポト派の裁判によってまた崩れることを恐れ「これ以上の 苦しみは、もうたくさんです」と述べた。
国連や欧米の正義だけではなく、カンボジア国民の求める正義にも目配りした、多 面的な虐殺糾明報道が期待される。(神田外語大学教授・永井 浩)