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アジア報道の窓

連載コラム
「アジア報道の窓」

【1】


タイの病院占拠事件が問いかけたもの
“忘れられた難民”の存在伝えよ

(2000年2月8日付)


 「神の軍隊」と名乗るビルマ(ミャンマー)のカレン人武装グループが一月二十四 日にタイのラチャブリ県の病院を占拠した事件は、十人の犯人全員がタイ警察特殊部 隊に射殺されたことで決着した。タイでは昨年十月にも、祖国の民主化を訴えるビル マ人武装グループがバンコクのビルマ大使館を占拠する事件が起きているが、そのと きはタイは犯人たちを逮捕せず、ビルマ国境近くで全員を逃亡させた。メディアは、 タイが一転して強硬策に打って出た背景について分析した。

 前回の対応が「手ぬるい」として内外から批判されたことから、「今回はサナン内 相が『強硬な手段を取る』と表明」(毎日新聞・一月二十五日)、「『テロに甘い 国』の汚名を返上した」(朝日新聞・同二十六日)のだという。また、事件の解決策 をめぐりビルマ政府との関係がこじれて経済的な損失を受けたため、「今回はテロに 強硬手段で対処して隣国ミャンマー軍政との関係改善を優先した」(日本経済新聞・ 同二十六日)。一方、病院占拠事件は「少数民族を掌握できないミャンマー軍政の実 態を露呈した」(読売新聞・同二十七日)とされる。テレビ報道もほぼ同じだった。

 ▼背景に少数民族の窮状が

 だが、病院占拠事件のニュース性はそれだけだろうか。青少年から成る武装グルー プが多数の医師と患者を人質にしてタイ政府に要求したのは、ビルマ軍事政権の攻撃 からのカレン人難民の保護だった。彼らは少数民族のおかれた「窮状を内外にアピー ルすることを狙った、との見方が出ている」(朝日新聞・同二十五日)。だとした ら、窮状の実態を明らかにすることもメディアの役割であるはずなのに、新聞もテレ ビもタイ当局の対応の報道に終始してしまった。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、タイ・ビルマ国境には現在、 カレンを中心に十万人以上のビルマ難民がいる。軍事政権の強権政治と少数民族差別 政策、それに反対するカレン民族などの武装勢力と政府軍との戦闘を逃れてきた人々 がほとんどだ。彼らは食糧や医薬品の不足にくわえ、タイ領内の難民キャンプまで越 境攻撃してくる政府軍におびえながら不安な日々を送っている。

 しかも、状況は深刻さを増している。ビルマの民主化運動を支援する世界各国の国 会議員の連絡組織「ビルマ国際議連」のヘレン・ダイン代表(デンマーク国会議員・ 外務委員会委員長)は、「タイ・ビルマ国境沿いの状況は過去最悪であり、コソボを 十倍にしたようなひどさである」と述べている(「週刊Burma Today」一 九九九年十二月八日)。

 ▼“「なぜ」と問うだけの人間性をもて”

 もちろん、だからといって暴力的な手段によって自分たちの主張をアピールしてよ いということにはならない。ビルマの民主化運動指導者アウンサンスーチーの率いる 国民民主連盟(NLD)は、病院占拠という「テロ行為」を厳しく批判した。だが同 時に、事件の背後に少数民族の不安定な状況と政治的苦境があることを認識するよう 強く求めた。

 わたしの知るかぎり、日本のメディアは、コソボやチェチェン、東ティモールなど の難民を大きく取り上げることはあっても、ビルマ難民の窮状を報じることはめった にない。なぜなのだろう。

 ひとつには、UNHCRの要請にもかかわらず、タイ政府が彼らを難民として認め ようとしないために、国際的な救援活動が展開しにくいことがある。またこれに対応 して、日本政府も、しきりと「顔の見える国際貢献」を叫びながら、ビルマ難民への 支援には消極的である。NGO(非政府組織)も、欧米やタイのNGOは国境地帯で さまざまな難民支援活動をつづけているが、日本からはごく小規模な例外をのぞいて は見られない。おそらくこうした事情を反映して、メディアでも彼らは“忘れられた 難民”になってしまっているのであろう。

 しかし、だからこそ彼らの窮状とその背景を積極的に読者や視聴者に伝え、難民支 援の世論を喚起するのがジャーナリストの使命ではないのか。病院占拠事件の直後、 「英国ビルマ・キャンペーン」という市民団体は同国の識者たちとともにつぎのよう な緊急プレスリリースを発表した。

 「なぜ、(神の軍隊の)青年と子どもたちはあのような絶望的な行動を起こしたの だろうか。わたしたちは少なくとも『なぜ』と問うだけの人間性を持ち合わせるべき ではないだろうか。昨日の出来事の真の悲劇は、語られるべきことが語られず、問わ れるべきことが問われないままなことにある。幼い子どもに率いられた勢力が、あの ような過激な行動に訴えざるをえない背景には、どのような恐ろしい(軍事政権によ る少数民族の)虐殺があるのかを問わなければならない」