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寄稿論文

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信平事件の判決文を読んで

浅野健一
同志社大学教授

(2000年6月13日付)




狂言知りつつ商売ネタにしたマスコミの罪

新潮社は掲載記事の内容を検証し公表せよ



 女性の権利確立の運動を悪用した

 東京地方裁判所(加藤新太郎裁判長)は五月三十日、『週刊新潮』一九九六年二月 二十二日号に載った「女性の手記」に端を発した民事裁判で、女性の夫の訴えを却下 する判決を言い渡した。女性の敗訴は既に確定しており、一部政治家によって国会で も取り上げられた「事件」の全貌が裁判所によって明らかにされたのである。

 私は問題の記事が発行された直後に本紙などに感想を求められて、記事を読んだ が、すぐに欠陥記事で「狂言」の可能性が高いと思った。女性の「証言」があまりに 荒唐無稽(こうとうむけい)であり、また編集者が本人の言い分をそのまま書いただ けで、何らの裏付け取材もしていなかったからだ。まともな編集者なら絶対に載せな い内容だった。

 その後の裁判の過程で、「事件」の現場、発生日時、回数などがくるくる変わり、 誰も信用するものはいない。

 ところが活字の威力はすさまじい。「大新聞がこの事件を報道できないのは、大宗 教団体の名誉会長が被告になっているからだ」というデマ宣伝がなされ、そう信じ込 んだ市民も少なくない。レイプなどの性暴力犯罪では、弱い立場の女性の証言を尊重 するというのが、国際的な流れになっている。日本でも、性暴力の被害者が告訴しや すいようにと、さまざまな工夫がなされている。

 大阪府の前知事による強制わいせつ事件では、「女性の大学生にわざわざ虚偽の告 訴をする理由が見当たらない」という理由で、密室状態での「行為」を認定し、元知 事の刑事裁判では女性が証言する際、ついたてを立てるなどの配慮を行ったのも記憶 に新しい。

 本件の女性は当初、女性の権利を守る運動を展開している団体や個人の支援を受け ていた。この夫妻は女性の権利を確立する運動を悪用したのである。

 「メディア・ファシズム」時代の象徴的な例

 本判決は、社会に影響力を持つ公人のプライバシー・名誉の範囲についても踏み込 んで言及している。判決は、一般市民が公人を訴えたケースであると指摘した上で次 のように述べる。

 「女性である原告にとって、それが真実であれば、恥辱この上ない悲惨な出来事で ある。このような訴えは、相当の覚悟を持って初めてなし得るものであって、多くの 場合、弱者が強者に一矢(いっし)報いるものであり、かつ、耳を傾けなければなら ないものを含むものである」から、「事実を解明することが裁判所の責務であると考 えた」と指摘。

 その上で、「原告の訴え、主張及び被告の反論に虚心に耳を傾け、その立証及び反 証について慎重に検討を加えるなど記録を精査してきた」と強調した。その結果、 「事実的根拠が極めて乏しい」と指摘、役職を解任されたことを根に持ち、創価学会 本部に恐喝まがいの電話をかけるなどしたが、功を奏さなかったため、その仕返しと して、女性の手記をマスコミを通じて公表し、その延長線上で提訴したと断定。信義 に反する、訴権を濫用(らんよう)する不適法な訴訟と判断したのである。

 この狂言は、ある人間にでっちあげの民事裁判を起こさせて、ある個人や団体を被 告席に立たせ、それをマスメディアを使って大きく報道させ、政治問題化することに よって、実質的に社会的制裁を加えるという「メディア・ファシズム」の時代の事件 であったという点に極めて現代的な特徴がある。

 そこで、裁判所は、夫が初めて事件のことを妻から聞いたという時期と、『週刊新 潮』に手記が掲載された経緯を検証して、時間的に無理と認定。さらに、報道される 側が公人である場合には、「さまざまな立場の論者から批判されることそれ自体は甘 受すべき」だとしても、「事柄によりけりであり、本件のような事実的根拠が極めて 乏しい事柄について、しかも、スキャンダラスな内容のものをいたずらに報道される いわれはないというべきである」と述べた。

 日本に報道評議会、オンブズマン制度を

 また、創価学会と対立する三つの組織名をあげて、「それらの団体との間の一定の 協力関係があることを推認することができる」とも断じた。

 私たちが忘れてならないのは、『週刊新潮』に手記が出る一カ月半前の九五年十二 月三十日付の『赤旗』に、女性の創価学会を誹謗する記事が掲載されていたことであ る。手記の掲載後には、女性による外国特派員協会での記者会見、創価学会と対立す るグループのメディアが継続して反学会キャンペーンのネタに使ってきた。

 元原告の女性の行為は批判されて当然だが、女性の狂言を知りつつ、商売のネタに 使ってきた悪徳メディアはより犯罪的と言えよう。「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズ ム賞」の九六年度の「スクープ賞」に、問題の『週刊新潮』の手記が選ばれたのは、 日本の雑誌ジャーナリズムの無責任さを象徴している。

 『週刊新潮』は五月、神奈川県の鉄道内で起きた少年による殴打事件で、少年の父 親が大新聞の記者であることを、社名も明らかにし、本人が特定できるように報じ た。

 また、犯罪被害者の人権を叫ぶ一方で、殺人事件の被害者が女性であると、男性関 係やアルバイト先などのプライバシーを暴く報道を相も変わらず続けている。

 『週刊新潮』は交通事故の被害者を殺人犯のようにでっちあげた北海道・苫小牧の 白山信之さんに対する人権侵害報道について謝罪も訂正も行っていない。新潮社の全 社員は判決文を熟読して、自らが掲載した手記の内容を検証し、その結果を公表する 社会的責任があると思う。

 世界三十数カ国にある報道評議会、プレス・オンブズマン制度がこの国にもあれ ば、この「犯罪報道の犯罪」事件からメディアと社会が多くを学ぶことができるのに と思う。(同志社大学教授)



略歴

 あさの・けんいち 一九四八年香川県生まれ。慶応義塾大学卒。共同通信社社会 部・外信部記者、ジャカルタ支局長を歴任し、九四年四月から現職(文学部新聞学専 攻)。人権と報道・連絡会世話人。著書に『犯罪報道の犯罪』『メディア・リンチ』 など多数。ビデオ『人権と報道の旅』を監修。