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寄稿論文

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インターネットで「オペラ」中継

三光 洋
音楽ジャーナリスト

(2000年6月6日付)




5月24日、パリのシャトレ歌劇場が開始

数年後には茶の間で世界の名演を鑑賞へ



 身近な芸術としてのパリのオペラ公演

 「優れた音楽を一人でも多くの人に聞いて欲しい」――これは、すべての音楽家の 希望であるとともに、優れた歌劇場支配人の目標でもある。

 この目標を達成するために欧米の歌劇場は様々な工夫を凝らしている。劇場運営の ための経費は最大限切り詰められている。パリの中心部にあるシャトレ歌劇場(二千 十四席、年間二百公演)を例にとると、常勤スタッフはわずか百人足らず。その反 面、指揮者や演出家、ソロ歌手の出演料といった芸術面に潤沢な資金を投入される。

 六月公演の「アムレット」(ハムレット、トマ作曲)にはフランスが世界に誇るソ プラノ、ナタリー・ドウセ(日本発売のCDではデッセイと表記されている)が主役 のトーマス・ハンプソン、バリトンのホセ・ファン・ダムと競演するという豪華キャ ストが組まれている。(この公演はR.M.AssoiciatesによってDVD録画される)

 また、観客の入場料も市の補助金によってオペラ公演で最高六百七十フラン(約一 万千円)に抑えられている。東京の新国立劇場(一等席=二万三千百円)の半額以下 である。また一等席は六百席と全体の三分の一以下に限られ、年間延べ二十七万席の うち、五〇%は二百フラン以下(千六百円)に設定されている。天井桟敷ならば五十 フラン(八百円)で入場できる。

 こうした条件ならば、映画や演劇という他の競合ジャンルに事欠かないパリでもオ ペラ公演に人々が詰め掛けるのは当然とも言えよう。

 欧州の音楽関係者の話題を集める

 音楽ファンなら誰でも肌で感じていることだが、このようにして満員札止めとなっ た公演では観客と演奏家が一体となって発散するエネルギーが満ち溢れている。こう した夕べはいつまでも忘れられない。

 しかし、生の公演がいかに多くの音楽ファンにとって他にかけがえのないものであ るにせよ、オペラハウスやコンサートホールは座席に限りがある。また、都市部以外 に住んでいる人々には劇場に足を運ぶのは難しい。熱心なファンも地球の反対側で催 される演奏会となると、どんなに魅力的な公演でも手も足も出ない。歌劇場の努力に も関わらず、音楽愛好家の中には今日でもオペラや音楽会のチケットに経済的な理由 で手が届かない人もいることを忘れてはならないだろう。

 こうした諸問題を一挙に解決する処方せんとしてインターネットを利用する試みが 始まった。シャトレ歌劇場で五月二十四日に開かれたシルヴィア・マックネール(ソ プラノ)のリサイタルがインターネットで実況中継されたのである。この企画はネッ ト・コンサートの幕開けを告げるイヴェントとして欧州の音楽関係者の話題を集めて いる。

 夜八時からリサイタルの開始と同時に「オンライン・クラシック」に接続したネッ ト利用者はリアルタイムでウェブ上でドビュッシーの歌曲の夕べを愉(たの)しん だ。

 シャトレ歌劇場のオーディオ・ヴィジュアル責任者であるジャック・エドワン氏は 「未来のオペラハウスへの貴重な一歩が踏み出された」と胸を張った。筆者もシャト レ歌劇場にある同氏の事務所で画面を見せてもらったが、現状では試験段階だけに現 状はソロ歌手の画像が小さく、音声もハイレベルとは言えない。

 ウィーンやミラノ、メトロポリタン劇場も注目

 しかし、今から二年後には通信技術の向上により、パソコンに接続したテレビの大 画面を見ながら、デジタル録音によるステレオ音声によってオペラ公演をいながらに して愉しめるようになる。

 シャトレ歌劇場だけではなく、ウイーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、ニューヨ ークのメトロポリタン歌劇場といった世界の一流歌劇場が揃って「ネット公演」に注 目しており、この数年間で三百のオペラ公演を網羅するカタログが完成する予定だ。 オペラファンは自宅のソファに寛ぎながら、自分で選んだ時間帯に好みの歌手、指揮 者、演出家による公演を「観劇」することも夢ではなくなろうとしている。

 一八七六年(明治九年)のエジソンによるレコードの発明は音楽演奏と聞き手のあ り方を大きく変えた。レコードは瞬間芸術としての宿命を背負った音楽に初めて「記 録」として後世に残る可能性を与え、演奏家による再現の現場に立ち会うことの出来 なかった人々にも音楽鑑賞の道を開いた。それから早くも一世紀余りの年月が経過し て二〇〇〇年の区切りを超えた。我々は音楽受容の歴史がインターネットという通信 技術の進展によって新たな飛躍を遂げる変革期に立ち会っているのかもしれない。(音楽ジャーナリスト)



略歴  さんこう・ひろし 1961年神戸生まれ。86年渡仏。パリ第8大学で音楽史を 学ぶ(博士課程1年修了)。『世界週報』『グラモフォン・ジャパン』などに欧州の 音楽、演劇について寄稿。著書に『フランス音楽の旅』(音楽之友社)がある。