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寄稿論文

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ジャーナリストを目指す学生へ
栗木千恵子・ジャーナリスト

(2000年4月25日付)


「社会の木鐸」は時代遅れの標語ではない

望まれる倫理重視、何のため忘れるな





ボストン大学で学んだ原理原則

 のっけから私事で恐縮だが、筆者はボストン大学のジャーナリズム学科を一九八四 年に卒業した。海外で日本人がいかに誤解されているかを痛感し、それならきめ細か く取材して英語で記事を書き、日本から情報を発信しようと実力を顧(かえり)みず 大望を抱いたからである。その前段には幼いころからの新聞記者への憧れがあった。

 ジャーナリズム学科の是非についてはアメリカでも論議がある。記事の書き方は記 者になってからで十分という意見は説得力がある。しかし筆者のようにアメリカの新 聞社の記者を志すものには十二分に収穫があった。なかでもメディア倫理、情報公 開、事実重視の原則などを学んだことは有意義で、現在でも仕事を進める上で大きな 支えとなっている。

 日本の大学でメディア論、アメリカのジャーナリズム、比較報道論などを講義する うちに気になったことがある。それは記者志望の若者こそ、能力はともかく人間的に 向かないのではないかということである。筆者の限られた体験であるが、事態は深刻 である。

 ジャーナリスト志望の学生の共通点をあげると(1)根強い特権意識(2)ひとの 話を聞かない(3)感情的(4)勉強不足(5)先入観でものごとを見て(6)決め つける、などである。いずれも記者としては致命的な欠陥と思う。

根強い特権意識が心配

 忘れられない実例をあげよう。

 ジャーナリズムの期末試験に課題図書について論評を求めた。ほとんどの学生が読 んでいなかったので、やむを得ず持ち込みを許した。某新聞社に就職が決まった学生 の答案がふるっていた。「おととい公立図書館で借りたが、読んでいないので何も書 きたくない」とあり、続いて「××新聞に就職が決まった」とあったが、試験とは何 の関係もないことである。課題図書はその大学の図書館にもあった。なるべく多くの 学生さんが読めるように館内使用のみの手続きを取った。さらに試験までに読んでお くように再三促していたので、おととい借りた云々も説得力に欠ける。

 採点を終えて、この学生に手紙を出した。個人的な事情は考慮できないこと、記者 の仕事こそ短時間で要点をまとめる能力が要求されるのであるから、たとえ読んでい なくても他の学生同様に時間内にベストを尽くすべきだったのではないかと手短に書 いた。

 予期したとおり教務課経由で返事が来た。答案を書かなかったのは「ちゃんと全部 読んでから論評しなければ失礼と判断した」からであり、「僕は記者になってからも きちんと事前に準備ができない取材はするつもりはない」し、「今からぜひ読んで送 りたい」、ついては直接話したいから連絡先を教えてほしいと言う。

 この他にもさまざまな個人的理由がびっしりと書かれていて、思わず「盗人たけだ けしい」ということばを思い出した。ひとつひとつの事由にすぐに反論できるが敢え て返事は出さなかった。筆が立ち、頭がよいのはよく分かる。しかし肝心な何かが欠 けているのに本人は気がついているのだろうか。

 この他にも、意見を述べたら必ず具体的な理由を書くようにと何度も念を押したに も関わらず、拙著『ニュースペーパー ウーマン』を「アメリカの女性記者の仕事を 通じてアメリカのジャーナリズムを語ろうとした意図は成功していない」の一行で片 付けた学生。さらに、試験で要求された答えを書かず(書けないのかもしれないが) 四回生なので考慮をお願いしますと答案に書いてくるのは決まってジャーナリスト志 望の学生である。なぜだろうか?

若者は大人の鑑(かがみ)だろうけど…

 そもそも何のために記者になりたいのか、ジャーナリスト志望の学生にはもう一度 じっくり考えてもらいたい。記者の仕事は決して派手でかっこいいものではない。む しろ地味な作業の積み重ねである。ましてジャーナリストに権力があると思うのは思 い違いである。

 ジャーナリスト志望でない「普通の」学生の方がおしなべて客観的であり、何より も自分の勉強不足を棚に上げた正当化とは無縁であることを考えると、いったいどこ で何が間違ったのかという疑問が頭から離れない。それとも新聞記者は社会の木鐸た れと願う筆者が、時代からズレてしまったのだろうか?

 もちろん例外はある。人間的にもバランスがとれ、将来が楽しみな優秀な学生もい るにはいるが、残念なことに極めて少数である。

 昨今の不祥事を顧みればすべての学部で倫理の重視を訴えたいが、テーマに絞っ て、ジャーナリズム学部でも広く報道倫理の徹底を呼びかけたい。

 ジャーナリズムは社会の鏡、若者は大人の鑑(かがみ)であろう。現状をいたずら に嘆くより日々の報道姿勢を反省し、正すべきことは率先して正すことが、筆者も含 めて今こそ報道する側に求められているのではないだろうか。

(ジャーナリスト)

略歴

 くりき・ちえこ 一九八四年、ボストン大学ジャーナリズム学科卒。地元紙、『シ カゴ・トリビューン』の東京支局記者、NHK衛星放送を経て、九二年独立。著書に 『ニュースペーパー ウーマン』『ケネディの遺産』(中央公論社)ほか。大学で比 較報道論、アメリカのジャーナリズムなどを講義。