
(2000年4月4日付)
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農業インフラの整備に資金を配分せよ 日本は欧米と協調し中長期的視点に立て |
日本政府による北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への十万トン米支援の決定とと もに日朝国交正常化交渉が八年ぶりに再開される運びとなった。
一九九八年六月に予備会談が決裂して以来、大きな進展である。日朝関係は二十一世紀に向けて新たな段階に入りつつあると言えよう。
しかし、日本のメディアを見ていると、対北朝鮮政策といえば拉致(らち)疑惑ば かりにフォーカスが向き、食糧援助も拉致疑惑解消の切り札としてのみ捉(とら)え る論調が目立つ。確かに拉致疑惑は忌々(いまいま)しき重要課題ではあるが、これ だけにとらわれていては政策論議としては全く不十分といわざるを得ない。
現在の北朝鮮政策をめぐる議論で欠如しているのは、中長期の戦略的視点である。 そもそも私たちは、十年後、二十年後の朝鮮半島がどうあってほしいと考えるべきなのか?
現在、日米政府間でもアジアの将来像に関する協議の場はない。朝鮮半島の将来像 も描かずその場しのぎで食糧支援をまばらに継続しても、その先に一体何があるの か?
日本政府の米支援も、朝鮮半島に対する中長期戦略の枠組みの中で考慮される べきである。
米国では、「朝鮮半島統一を目指すべきではない」との議論が出ている。まず韓国 には統一のコストを負うだけの経済力がない。近年の経済危機を通じて学んだ教訓で ある。
日本にも韓国経済の脆弱(ぜいじゃく)性を補完できる余力などない。むしろ、日 本政府が数年以内に破産に陥る可能性さえ真剣に検討されている。
中国では、朝鮮半島統一と台湾統一を関連づけた発言が最近目立つ。「韓国の主導 下で半島が統一され、中国との国境沿いに親米政権が誕生すれば、中国が台湾問題で 米国と妥協を続けるのは極めて困難になろう」。朝鮮半島統一と中台統一とを直接的 に関連づける見解が中国側から提示されている。台湾問題で中国との軍事衝突を避け たい日米両国としては悪夢のシナリオである。
現在、朝鮮半島統一を望んでいる国はどこにもない。北朝鮮には「軍事的に強から ず、経済的にはギリギリ生きてゆける」いわば「植物人間」として長く生き延びて欲 しい。これが率直な各国の思惑のようだ。北朝鮮に崩壊してもらっては困るのであ る。
しかし、北朝鮮経済はすでに崩壊したといっても過言ではない。それでも、食糧生 産力だけでも維持できればまだ生き残れるチャンスもあるが、これさえも消滅しつつ ある。農業生産力は十五年後に完全に消滅してしまうとの予測がある。北朝鮮では毎 年食糧危機が続いているが、天災が毎年続いているわけではない。むしろ農業生産に 必要なインフラ(生産基盤)が崩壊してしまったことこそが最大の原因なのである。
冷戦時代、ソ連の援助で整備された北朝鮮農業の主要インフラはすべて九〇年の時 点ですでに寿命を迎えていた。しかし、ソ連崩壊とともにトラクターなどの主要な農 業機器も交換部品も入手不可能となり、さらに機器の原動力であるディーゼル石油の 供給量は九〇年から六割以上減少、電気生産力や石炭産出力も半減した。このため、 肥料すら生産できず農地から栄養分が奪われ、農地そのものが消滅しつつある。
国の根幹である農業が壊滅すれば、北朝鮮は文字通り「崩壊」である。問題はこれ が私たちにとって果たして望ましい結果をもたらしてくれるのか、という点である。 飢饉と崩壊の危機にさらされた北朝鮮は、核兵器やミサイル開発を切り札に再び挑発 的な行動を繰り返すことは間違いない。また遠い将来、仮に統一が実現した場合で も、農業生産力さえ枯渇してしまった北朝鮮地域の面倒を見るには計り知れないコス トが必要となろう。
北朝鮮の崩壊を防ぎ、「植物人間」でも最低限の自立的な食糧供給能力を維持でき るよう、援助目標を転換すべき時期に入ったのではないか。もはや単発的な米支援で はなく、肥料生産などを対象とする農業生産のインフラ整備に援助資金を配分すべき 段階に入ったと思われる。具体的には、農村地域を対象に灌漑用水路、肥料生産施設 等の近代化援助、及び肥料やトラクター用ディーゼル燃料等の消費物資援助にシフト すべきであろう。
カリフォルニア大学のピーター・ハイエス博士によれば、施設近代化援助額の概算 は約千八百億円、消費物資援助額は年最大で三百五十億円程度と試算される。現在の 国連世界食糧計画による食糧援助総額と比べても決して割高ではない。むしろ中期的 視点に立てば、安価ですらある。これら農村地域の農業生産インフラ整備への支援 は、軍事転用される危険性も極めて低い。
現在、オーストラリアやイタリアが率先して北朝鮮との国交改善に努力している。 両国とも一九五〇年代の朝鮮戦争時に国連多国籍軍に参加しており、停戦合意に署名 した経緯がある。再び軍事紛争が勃発すれば、条約上、これらを含む欧州十六カ国も 軍事行動への参加が義務付けられている。これら「敵国」との国交改善に北朝鮮は重 要な政治的意味合いを見いだしている。欧州諸国も様々なコンタクトを通じて日米両 国とともにミサイル開発阻止などを働きかけている。
他方、肝心のクリントン政権は北朝鮮に対する関心を失いつつある。九九年九月の ペリー(前国防長官)報告の提出後、北朝鮮が挑発的な行動を控えているため、深刻 な問題がもはや収まったかのようである。ペリー報告後、政策面で大きくシフトした のは、どうやら米国や日本ではなく北朝鮮のようである。しかし、北朝鮮が従順にな ったからといって無視すれば、逆に米国の注意を惹(ひ)こうとして北が挑発的行動 を再開することは間違いない。
米国の関心が薄いときこそ、日本が米国や欧州諸国との協調体制をリードして、中 長期的視点に立脚した政策を構築してゆくべきである。北朝鮮が日本の経済力に多大 なる魅力を見いだしている以上、対北交渉の切り札を持っているのは日本なのであ る。
略歴ふるかわ・かつひさ 1966年シンガポール生まれ。慶応大学経済学部卒。日本 鋼管株式会社勤務後、93年より平成維新の会事務局スタッフとして勤務。96〜9 8年、米国ハーバード大学ケネディー政治行政大学院(国際関係論、安全保障政策) 修了。98〜99年、米国アメリカン・エンタープライズ研究所アジア研究部勤務を 経て現職。99年、第5回読売論壇新人賞優秀賞受賞。