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寄稿論文

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北朝鮮との対話拡大を望む

前田康博
北九州大学教授

(2000年2月1日付)




凍結した日朝関係に正常化の兆し

G7で初めてイタリアが国交樹立の波動



河野外相もローマで「歓迎する」と発言

 クリントン米政権が昨年九月、ペリー調整官の報告書を公表するとともに対朝鮮民 主主義人民共和国(北朝鮮)政策の見直しに踏み切り、朝鮮戦争以来続けてきた経済 制裁措置の緩和・解除を発表した。このあと年末には村山訪朝団が実現し、凍結した 日朝関係正常化問題も始動する気配が出てきた。

 折も折、一月四日、イタリアが北朝鮮と国交を樹立した。主要七カ国(G7)では 初めてであり、欧州連合(EU)と北朝鮮との政治対話は活発化することが予想され る事態となった。

 イタリアを訪問中の河野洋平外相は十日、ローマでダレーマ首相、ディーニ外相と 会談した。報道によると、河野外相は北朝鮮との国交樹立について「歓迎する」と表 明、ダレーマ首相は「国際社会との対話によって北朝鮮が民主的な方向に向かってい く」と国交樹立の背景について説明した。

 河野外相は日朝国交正常化交渉に向けた予備会談が開催されたことを受けて、「北 朝鮮を国際社会に関与させ、日朝間を安定させることが北東アジアにとって重要だ」 と応じ、「イタリアのイニシアチブを期待する」と述べた。

 平壌五日発の『朝鮮中央通信』によると、北朝鮮の国交樹立数は一九九九年一月の ブルネイに次いでイタリアが百三十九カ国目になると伝えている。百八十三カ国と国 交のある韓国との差を縮めつつあることがわかる。

「太陽政策」の韓国政府は好影響を期待

 北朝鮮は九九年中に対米、対日接触に加え、西欧、北欧、東南アジアなど四十数カ 国に代表団を送り積極的な外交を展開した。この結果、イタリアとの国交樹立に成功 したわけであり、北朝鮮としては米国の制裁緩和、日本からの政党代表団受け入れと 並ぶ大きな外交成果を挙げたことになる。

 他方、イタリアはこれまで中東、アフリカ、東欧諸国に向け独自の外交を進めてき たが、今回、北東アジア情勢にも一石を投じることで国際社会における地位向上を狙 い、一定の役割を果たした。

 韓国の金大中政権は「北朝鮮の開放路線を促すため」として「包容(太陽)政策」 を進めており、朝イ国交は南北対話の再開にも好影響を与えると歓迎している。

 このような北朝鮮を巡る国際環境の変化を踏まえて、日本の対北朝鮮関係の進展度 を探ってみると。

 昨年十二月の村山訪朝団は、(1)全政党の代表で構成され、(2)小渕自民党総 裁名の金正日総書記あての親書を手渡した、(3)「可能な限り早く不幸な過去の歴 史を清算する……」という共同発表文の作成――などみるべき成果を挙げた。

 これまで日朝正常化交渉に慎重な姿勢を見せていた青木官房長官も「非常に成果の ある訪朝団だった」と評価し、小渕政権は九八年八月以来の対北朝鮮制裁措置の全面 解除を発表した。年末には日朝赤十字会談、さらに外務省局長級の予備会談へと進 み、この一月にも国交正常化のための本交渉をスタートさせる段取りとなった。

 さらに昨年十月中旬からシンガポールで日朝実務レベルの会談が水面下で進められ ていることを考え合わせると、二年前に比べ、再び日朝交渉の公式パイプはつながっ たとみてよいだろう。

 ただし政府間で議題や日程まで詰めていると推測されるものの、内容がいまだに明 らかにされていないため日朝交渉が一気に進む気配は見えてこない。

 またクリントン政権が北朝鮮政策の見直し以来、米議会保守勢力の強硬な反発に遭 い、これ以上身動きが取れない状態にある。それが日朝交渉にも影を落としていると の指摘もある。

 日本が旧態依然として対米追随の姿勢を崩さないとすれば、米国政治の動きに振り 回され続ける。さらに米大統領選挙の結果によって米朝関係がもう一転、変化するの ではという理由から早くも静観をきめこむ空気すら感じられる。

 米国は北朝鮮と包括的な協議を継続しているが、他方、国務省報道官は朝イ国交樹 立について「各国の判断による」と冷淡な反応を示している。

 クリントン政権は北朝鮮高官の訪問を実現し、北朝鮮が真剣に対米和解の意思を示 しているという状況を作った上で米議会を納得させようと目論んでいる。だが北朝鮮 側は国交正常化など具体的な議題が明示されるまでは高官の訪米は難しいと判断して いるようだ。

 日本は遠いイタリアと異なる状況にあるからこそ、山積する懸案解決に向け、一日 も早く突破口を開かねばならない。河野外相がいつ“前提条件なしに”平壌に立つ決 断をするかどうかにかかっている。(北九州大学教授)



略歴  まえだ・やすひろ  1936年大阪生まれ。同志社大学経済学部卒。毎日新聞ソウル支局長、編集委員 などを経て、93年から現職。著書に『どこへゆく朝鮮半島』『金日成後の朝鮮半 島』ほか。