
(2000年1月23日付)
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新聞が「言論フォーラム」の機能果たす 社論と異なるさまざまな論説を毎日掲載 |
冒頭から私事にわたり恐縮だが、私は昨年十一月に中公新書より『ニューヨーク・タイムズ物語』という小書を上梓した。題名とは多少異なり、本書は必ずしもニューヨーク・タイムズを物語風に著述したものではなく、ニューヨーク・タイムズの二大特徴である「報道のバランスと多様性」と「国際報道の充実」を中心に、日本の新聞報道のあり方とも比較しながら検証を行ったものである。
特に、その「報道のバランスと多様性」は、ニューヨーク・タイムズがなぜ「世界で最高の新聞」という評価を受け、現在も「世界で最も影響力のある新聞」であり続けているのかを説明する、その最も本質的な特徴であろう。言い換えれば、ニューヨーク・タイムズをニューヨーク・タイムズたらしめているものが、この「報道のバランスと多様性」であるということになろう。
このようなニューヨーク・タイムズにおける「報道のバランスと多様性」の特徴が最も顕著なかたちで現れているのが、本紙(Aセクション)の見開き最終ページに掲載されているオプ・エド欄(Opposite the Editorial pageの略。社説の反対側のページにあり、社論と異なる様々な論説が掲載される)における多種多様な論説である。
オプ・エド欄では毎日、通常四名前後の評論が掲載され、そのうち二名はニューヨーク・タイムズ専属のコラムニスト、残りの二名は社外の有識者という組み合わせである。ニューヨーク・タイムズ専属のコラムニストは合計で八名おり、毎日異なった二名ずつのローテーションが組まれている。
それらコラムニストの中で、ニューヨーク・タイムズにおける「報道のバランスと多様性」という特徴が最も明示的に現れているのが、保守派の論客ウィリアム・サファイアーと、リベラル派の論客であるアンソニー・ルイスとトーマス・フリードマンのコラム内容である。
たとえば、モニカ・ルインスキー嬢との不倫問題を中心とする一連のクリントン・スキャンダルに関して、サファイアーはクリントン大統領の行動すべてに対し極めて批判的である一方、ルイスは大統領が「国民の当てこすりの対象となるような私生活上の過ちを犯した」ことについては批判的であるが、「クリントンを嫌悪する人々の行動はそれ以上に非難されるべきである」と指摘するなど、その主張には大きな違いがある。(ニューヨーク・タイムズの社説は、両者の中間的な論調)
また、一九九七年七月のタイ・バーツ暴落に端を発したアジア金融危機についても、サファイアーは、今回このような事態が発生した根本原因は、「これらアジア諸国において見られる政治権力者と経済エリート間の構造的癒着、さらには、そのような政財界の癒着をより根底の部分において成立させている国民の政治的自由に対する抑圧にある」とし、政治的自由や人権の尊重などを中心とする西欧的価値観の普遍性・優位性を強調する。これに対し、フリードマンはそのような西欧的価値観を押し付ければ、それらアジア諸国からは、「必ず反発を招く結果になる」と論じるなど、両者の見解には明らかなニュアンスの違いが見られる。
さらに、最近では、昨年十一月末から十二月初めにかけてシアトルで開催されたWTO(世界貿易機関)閣僚会議の協議が決裂したことに対しても、サファイアーは、クリントンが日欧や途上国からの要求に屈せずよく頑張ったと非常に肯定的な評価をする一方、フリードマンは「クリントンは米国労働組合の要求に全面的に屈した」として極めて否定的な見解を示すなど、両者はここでも正反対の評価を下している。
また、これについて、ニューヨーク・タイムズの社説は、今回の協議決裂を必ずしも完全な失敗とは見ず、途上国における労働者の人権や環境問題への配慮などの必要性がより明確になったと指摘するなど、協議が決裂した中にも、それなりに意味があったと評価している。
このように、ニューヨーク・タイムズのオプ・エド欄においては、社説でどのような見解が表明されようとも、コラムニストあるいは寄稿者独自の多種多様な見解が掲載される。そして、そこで発表された見解が、違った人によるまた新たな意見発表を誘発するかたちとなるなど、新聞が一つの「言論フォーラム」として有効に機能している。
その一方、日本の主要紙においては、社外の人が書く評論であれ、各紙の記者が書く一般記事であれ、各紙の社論・社説と大きく異なる見解が掲載されることは極めて限られており、ニューヨーク・タイムズのように、新聞が「言論フォーラム」としての機能を果たしているとは到底(とうてい)言えない。
その意味では、まさに、ニューヨーク・タイムズには、民主主義社会における新聞のひとつのあるべき姿を見ることができるし、そこから日本の新聞が学ぶべきところも、まだまだ多いのではないだろうか。(伊藤忠商事会長秘書)
略歴 みわ・やすのり 1957年生まれ。兵庫県出身。神戸大学法学部卒。79〜80年には、サンケイ・スカラーシップにより南カロライナ大学に留学。81年伊藤忠商事入社。89〜91年にかけ、ハーバード・ビジネス・スクールに留学。MBA(経営学修士号)を取得。その後、ニューヨーク駐在、大蔵省財政金融研究所主任研究官、経団連21世紀政策研究所主任研究員等を経て、現職。