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寄稿論文

メディアのページ


検証 99年日本のマスコミ

山口正紀
ジャーナリスト

(1999年12月25日付)




臓器移植、女児殺害事件など人権侵害相次ぐ

権力の介入の動きに決断迫られる報道改革




世論を背景として規制論が浮上!

 報道被害を口実とした権力介入で〈報道の自由〉に法規制の重い足かせをはめられ るのか、それとも報道被害をなくすための自主的なメディア責任制度を創設し、報道 改革を実現して市民に支えられた〈報道の自由〉を確立するのか――一九九九年、日 本のマス・メディアは重大な岐路に立たされた。

 報道への権力介入の動きは、二月に起きた二つの報道トラブルを契機に本格化し た。

 テレビ朝日「ニュース・ステーション」が二月一日、埼玉・所沢産農作物のダイオ キシン汚染問題を報道。その際、データの扱いにミスがあり、それが「風評被害を生 んだ」と非難を浴びて社長らが三月、国会に喚問された。

 二つ目は二月二十五日夜、NHKの第一報で始まった日本初の脳死臓器移植報道。 脳死判定の開始前から「ドナーの死」を前提にしたプライバシー侵害の報道合戦が展 開された。

 九八年末に報道モニター制度を設け、メディア監視を強めていた自民党は、すばや く反応した。三月九日、「報道と人権等のあり方に関する検討会」の初会合を開き、 この二つの問題を入り口に報道対策の検討を始めた。

 同検討会は八月十一日、わずか五カ月で報告書をまとめた。報告書は、放送界が設 置した「放送と人権等権利に関する委員会機構」(BRO)に対し、「テレビ朝日の ダイオキシン報道に訂正放送を求めるべきだった」と批判。活字メディアに関して も、「自主的規制の効果が上がらなければ、法的根拠のある第三者機関の設置を検討 すべき」とした。

 四月の都知事選報道を契機に発足した同党の「選挙報道に係る公職選挙法のあり方 に関する検討委員会」も八月六日、世論調査報道の自粛などを求める中間報告をまと めた。

松本サリン事件誤報の教訓生かされず

 政府機関による報道規制の動きも活発化した。法務省の人権擁護推進審議会は九月 から報道被害対策を取り上げ、メディア団体のヒアリングを始めた。個人情報保護法 案の検討作業でも、報道規制が議題に上ってきた。

 権力の言論・報道統制がもたらす結果について、私たちは苦い経験をもっている。 思想・信仰の自由など基本的人権が根こそぎ奪われ、侵略戦争にも異を唱えることが できない社会。メディアは、戦争を煽(あお)る国家の広報機関と化した。こんな教 訓があるにもかかわらず、権力による報道規制が市民に受け入れられかねない状況 が、今の日本にはある。

 被害者を毒ガス犯と報じた九四年・松本サリン事件報道、夫と娘を殺害された女性 を「疑惑の妻」に仕立てた九六年・米サンディエゴ事件報道、女性管理職の私生活を 興味本位に暴いた九七年・渋谷女性殺害事件報道、メディアぐるみで犯人探しに奔走 した九七年・神戸事件、九八年・和歌山事件報道――。

 そして九九年。脳死臓器移植報道も特ダネ競争の対象となり、七月のハイジャック 事件では被疑者の精神疾患歴を伝えたうえ実名・顔写真を掲載。十一月の女児殺害事 件報道は被疑者・被害者双方の母親をバッシングし、被害女児のビデオを無神経に流 し続けた。

 メディアの標的にされた人には、被疑者・被害者を問わず好奇の目が向けられ、プ ライバシーは勝手に「報道商品」化される。ここに、権力介入を容認する基盤があ る。こんな人権侵害報道を何とかできないか――。

 この声に、〈報道の自由〉を守る立場から明確な答えを出したのが、十月に開かれ た日弁連の人権擁護大会だった。大会決議は、警察情報に依存した犯人視報道をや め、公人以外は匿名で報道する「匿名報道原則」を採用するよう提言。さらに報道へ の権力介入を排し、メディアが自主的に報道被害を防止・救済する「報道評議会」の 設立を提唱した。

自主的な「報道評議会」の設立こそ

 九月以降、神奈川県警などの犯罪・不祥事が次々明るみに出た。それは警察が「平 気でウソをつく」ことを示す一方、これほどの権力犯罪を報道してこなかったメディ アの「権力監視」の実態も暴露した。記者たちが犯人探し競争で警察から情報をもら う立場にいる限り、権力チェックなど望むべくもない。

 だが、こんな信用ならない警察に、九九年の国会は、新たに巨大な権限を与えてし まった。通信傍受法、団体規制法。これら危険をはらむ立法を容認する世論も、警 察・公安調査庁の情報提供によるメディアの「オウム追放」キャンペーンで形成され た。

 九月二十九日の甲山事件「三たびの無罪」判決は、冤罪(えんざい)に加担したメ ディアに反省と報道検証を迫った。報道の本来の役割は、犯人探しではなく、警察の 不当捜査や人権侵害の監視であることが改めて浮き彫りになった。自民党などの法規 制の動きを受け、日本新聞協会は十月、倫理特別委員会を設置、新聞倫理綱領の見直 しも含めた検討を始めた。その中では、新聞労連や日弁連が求めている報道評議会設 置も検討課題になるはずだ。

 権力による法規制か、自主的な報道評議会設立か。日本のメディア界にとって、二 〇〇〇年は重大な決断を迫られる年となる。(ジャーナリスト)



略歴  やまぐち・まさのり 一九四九年生まれ。大阪市立大学卒。七三年、読売新聞社入 社。東京本社地方部、婦人部・生活情報部、情報調査部を経てメディア企画局データ ベース部に勤務。人権と報道・連絡会世話人。先ごろ、『ニュースの虚構 メディア の真実――現場で考えた’90〜’99報道検証』(現代人文社)を上梓。