
(1999年12月11日付)
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「検閲」の危機に反応鈍い新聞協会 権力の介入防ぐためにも自主規制機関を |
日本新聞協会に対し、法務省人権擁護局の上席補佐官が「行政命令によって、人権 侵害する記事を差し止めることも視野に入れて幅広く検討したい」などと発言した ―。そんな経緯が、朝日新聞や毎日新聞で取り上げられて大きな問題となった。
両紙の報道や関係者の話などによると、人権擁護推進審議会のヒアリングへの出席 を求め、法務官僚が日本新聞協会を十月五日に訪れた際の発言だったとされている。
同審議会は、人権侵害の被害者救済などについて議論している法相の諮問機関だ。
この発言が事実ならば、行政があらかじめ記事を差し止めるというのだから大変な ことである。事前検閲に当たり明らかな憲法違反となるわけだし、そもそも行政官が 事前検閲を容認するような発言をすること自体が異常だ。行政による報道への介入 は、民主主義社会では決して許されることではない。
日本新聞協会では内部組織の「人権・個人情報問題検討会」が、法務官僚の発言を 「憲法違反の検閲に当たる」と確認して、法務省の担当官を招いて説明を求めてい た。
これに対し、法務省人権擁護局の佐久間達哉・調査課長は十一月十六日、不適切な 説明内容だったことを認めて謝罪し、先の法務官僚による発言を撤回した。
法務省側が謝罪したため、日本新聞協会はこの日、審議会のヒアリングに出席する ことを決めた。
佐久間課長は、一連の発言が関係者に誤解を与えたことについては申し訳なかった としながらも、受け取り方にニュアンスの違いがあると言う。
「(記事の差し止めを)視野に入れて検討したい、と言ったつもりはない。雇用な どの差別問題で行政が介入した諸外国の例が頭にあった。法務省や審議会の意向とし て説明したわけではない。審議会の議論には枠をはめないということであって、個々 の可能性を否定しないという意味だった」とし、その上で「憲法違反となるような審 議会の結論は考えていない。法曹の立場から言えば、およそ頭に浮かんでこない選択 だ」と説明した。
行政による報道への介入や干渉は、絶対にあってはならない。今さら言うまでもな いことだ。しかし、少なくともこうした「誤解を招くような発言」が出てくるのに は、それなりの理由がある。この国のマスメディアの在り方が、市民から不信の目で 見られ始めているからである。
残念ながら、報道によって人権が侵害される「報道被害」は広がるばかりで、深刻 さを増している。容疑者を一方的に犯人だと決め付けるだけでなく、事件・事故によ る被害者や遺族の人権、プライバシーも興味本位で侵害してはばからない。そんな報 道姿勢に問題があるから、メディア批判の声が出てくるのだ。人権擁護推進審議会 が、報道被害の問題を取り上げることにしたのも自然な流れだと言える。
今回の法務官僚発言は「誤解」だったのかもしれない。だが、いずれにせよ現在の ような状態をメディア側が放置していれば、法律をつくってでも報道規制しろという 声は大きくなることがあっても、小さくなることは決してないだろう。その結果、メ ディアに対する権力や行政機関からの介入や干渉を招くことになる。報道被害を理由 にされて、報道の自由が脅かされることにつながる危険性があるのだ。
実際、自民党は「報道と人権等のあり方に関する検討会」の報告書で、メディアに よる人権侵害について触れて「自主的規制の実効性が上がらないのであれば、法的根 拠のある中立公正な第三者機関の設置も検討すべきである」と提言している。このこ とにメディア側は危機感を持たなければならない。
日本弁護士連合会は十月、前橋市で開いた人権擁護大会で、新聞・雑誌など活字メ ディアに対して「報道評議会」などの独立した機関を自主的に設置するように求め た。権力を監視し、市民の知る権利に奉仕するべき報道機関が責務を十分に果たして いない現状や、報道被害の問題を憂え、現状のままでは権力介入の危険性があること を指摘する貴重な提言だった。
NHKと民放は「放送と人権等権利に関する委員会機構」(BRO)を設立し、不 完全ながらも報道被害に対する苦情処理にあたっている。それなのに活字メディア は、せいぜい各社内で紙面審査をするか、相談窓口を設ける程度でお茶を濁している にすぎない。日本新聞協会の危機意識のなさはどうしたことだろう。反応が鈍すぎる のではないか。
権力に報道への規制や介入をさせないためにも、日本新聞協会は自主的なチェック 機関を早急に立ち上げるべきだ。今ここで自浄作用を発揮しなければ、きっと後悔す ることになると思う。 (ジャーナリスト)
略歴 いけぞえ・のりあき 1960年、大阪市生まれ。埼玉新聞記者、神奈川新聞記者を経て、今年6月から 独立してフリーランスに。教育や学校、司法改革、環境、人権、メディアの在り方な どの問題に関心を持って取材を続けている。