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寄稿論文

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東ティモール問題をどう見るか

杉田米行
大阪外国語大学助教授

(1999年10月30日付)




「中央」(ジャカルタ)に対し「周辺」が遠心力つける過程

冷戦後世界のヘゲモニー(覇権)変化の産物




米国と日本がスハルト体制支えてきたが……

 東ティモール問題が新聞誌上を賑(にぎ)わしている。この問題を巨視的に「世界システムの変動」という枠組みから考察したい。

 戦後五十年間の世界システムの安定は、冷戦構造と米ソ超大国のヘゲモニー(覇権)の存在という二大要素によって維持された。冷戦の存在により、体制間の対立を利用して各陣営内の統制をとり、東西対立以外の問題を封じ込めることができた。

 また、米国政府は、「共産主義への対抗」という大義でもって米国の国内世論を誘導し、世界システムの健全な運営のために積極的に外国情勢に介入できた。ヘゲモニーの存在も重要だった。米国は軍事面、経済面、イデオロギー面で強力な指導力を発揮し、長期的な視野に立って世界システム全体の調整をおこなった。

 一九六〇年代後半から米国のヘゲモニーは低下し、現在は冷戦構造も消滅した。二大安定要素がともに消滅して戦後世界システムにおける求心力がなくなり、それまで抑制されてきた諸問題が噴出し始めた。アジアでは、北朝鮮の核開発、沖縄の基地問題、東南アジアを中心とした金融危機、インドネシアの大変動、南アジアの核実験と軍事クーデター、中央アジアでのイスラム原理主義派の台頭など、危機の三日月地帯が形成されている。

 求心力の喪失はインドネシア国内でも見られる。冷戦期、米国(および日本)はインドネシアを経済的、軍事的に強力に支えた。この支援を背景にスハルト体制を求心力として三十年以上、多民族島嶼(とうしょ)国家のインドネシアを統合してきた。しかし、二大安定要素の消滅によってこの体制も崩壊し、「中央(ジャカルタ)」に対して「周辺」が遠心力をつけて離れていこうとする。東ティモール独立闘争の先鋭化もこの過程の一環である。

クリントン政権内の方針の不一致が露呈

 しかし、東ティモールの独立は機が熟していない。財政面、経済面、人材面で独立条件は欠如している。外部の「人権擁護派」の圧力もあり、独立派は、この機会にとにかく独立をし、それから先は国際社会に援助を仰ごうと考えている。依存心をもった期待は裏切られることが多い。独立派は、情勢に流されず、冷静に独立の条件を整えることに専心すべきだった。

 二大安定要素の消滅は、米国の外交政策決定過程にも不協和音をもたらした。米国政府は「共産主義の脅威」という大義名分を用いることはもはやできない。また、米国はヘゲモニー国家の責務として、世界システム全体の健全なる運営のために直接利害関係の薄い地域にも介入してきたが、現在そのような力はない。国防総省は、米国の死活的な国益が危険にさらされ、目標が明確かつ限定的に設定されている時にのみ米軍を関与させる、という原則に固執する。

 他方、クリントン大統領と国務省は、米国と同盟国は大量虐殺と民族浄化を防ぐために必要な場所へ介入するという理想に傾いている。東ティモール問題で、豪州は多国籍軍展開に積極的な姿勢を見せ、米国にも派兵を要請したが、クリントン政権内の方針の不一致により、その対応は消極的なものだった。米国は冷戦後世界のリーダーになる意気込みはあっても、それを裏付けるために世界の警察官になるだけの能力はすでに喪失している。

 日本の役割は何か? 戦後日本は冷戦構造とヘゲモニー国家米国の存在によって大きな恩恵を受けてきた。戦後日本は、米軍の存在により、少ない防衛費で国の安全を確保することができ、米国から直接的間接的にドルが注がれた。しかし、戦後二大安定要素の消滅により、日本では主に安全保障面で混乱が生じた。東ティモール問題により、日本では自衛隊の海外派遣が再度話題となっている。

自衛隊の海外派遣は適切な選択でない

 自自公連立政権内でも、自民党と自由党のタカ派議員を中心にPKO参加五原則の見直し論が唱えられ、憲法改正の必要性まで論じられている。見直し派は、多国籍軍が急速に動き出し、出遅れを感じ、湾岸戦争の時と同様に日本に不名誉な地位を与えられるのではないかと懸念する。

 自衛隊の海外派遣は適切な選択ではない。日本政府には紛争地域に自衛隊を派遣して解決に導くだけの危機管理能力はない。逆にこの管理能力をつけようとすれば、戦後の米国のように国家の安全保障を至上課題とする安全保障国家になってしまう。拙著『ヘゲモニーの逆説』でも主張したように、ひとつの力の行使が必然的に次の力の行使をひきおこし、雪だるま式にエスカレートしていく。パワー(特に軍事力)は禁断の木の実である。

 日本は他国の争いに無闇に介入して日本の威信を高めようとすべきではない。威信を高めても争いは絶えず、日本が他国の事情に振り回される。日本の課題は自国の質を高め、世界各地の争いから異質になり、巻きこまれないようにすることだ。自衛隊の海外派遣で一時的な得点を稼ぐより、自衛能力の向上、民生の安定、および経済成長に尽力する方が上である。外に目を向けるより内側を固めることによって、二十一世紀を生き抜くことができる。慈愛はわが家から始まる。(大阪外国語大学助教授)




略歴  すぎた・よねゆき 一九六二年大阪府生まれ。大阪外国語大学卒、一橋大学修了(法学修士)、米国ウィスコンシン大学マディソン校修了(歴史学博士)。主著に『ヘゲモニーの逆説‥アジア太平洋戦争と米国の東アジア政策、一九四一年〜一九五二年』(世界思想社)。