Current Directory is http://www.seikyo.org/【Seikyo Media Page】Copyright (C) 1997-1999 by The Seikyo Shimbun.



寄稿論文

メディアのページ


第42回日弁連人権擁護大会に参加して

山下幸夫
弁護士

(1999年10月23日付)




12年ぶりに「人権と報道」がテーマ

匿名報道の拡大、報道評議会設置を決議




松本サリン事件の被害者・河野義行さんも参加

 日本弁護士連合会(日弁連)は、十月十四、十五の両日、前橋市において、第四十二回人権擁護大会を開催した。

 筆者は、日弁連の会員として十四日に開催された「人権と報道――報道のあるべき姿を求めて」と題するシンポジウムに参加したので報告したい。

 日弁連が、毎年一回行われる人権擁護大会において、「報道と人権」のテーマを取り上げたのは一九八七年十一月に熊本で行われた第三十回人権擁護大会以来十二年ぶりである。

 日弁連は、熊本大会において「犯罪報道においては……原則匿名(とくめい)報道の実現に向けて匿名の範囲を拡大する」との「人権と報道に関する宣言」を採択した。それから十二年を経て開催された今回の人権擁護大会における日弁連の提言内容が注目されていた。

 シンポジウムには、松本サリン事件の報道被害者である河野義行さんが招かれ講演を行うとともに、パネルディスカッションのパネラーの一人として参加された。

 河野さんは、講演の中で、自分が受けた“実名報道”による報道被害の実情を述べ、個人が裁判を起こそうとしても、長い時間と多くの費用をかける必要があり、ほとんどの報道被害者が「泣き寝入り」している現状から、市民がお金をかけずに報道被害から救済されるシステム(プレス・オンブズマン制度や報道評議会)を作るために日弁連は是非とも力を貸して欲しいと強く要望した。

法的規制への動きに鈍感な活字メディアに不満が

 河野さんの講演の後、ジャーナリスト、大学教授、テレビ関係者、弁護士によるパネルディスカッションが行われた。

 ここでは、実名を含めて、犯罪に関わる諸々の事実やその手続きは公共的(パブリック)な事柄であり、匿名にするかどうかはジャーナリストの自律的な判断に委(ゆだ)ねられるべきであるとする田島泰彦・上智大学教授の見解と、被疑者の名前や顔写真について公共性はないし、それがなくても民主的プロセスの中で事件の社会的問題点を十分に議論できるとして匿名報道を支持する平川宗信・名古屋大学教授の意見との対立が際立った。

 会場で聞いている限り、報道被害の現状を踏まえて、報道される側の人格権の保護と報道の自由とのバランスや、「無罪推定の法理」から匿名報道を根拠づけた平川教授の見解の方が遥(はる)かに説得的であると感じられた。

 シンポジウムの中では、会場から報道被害者の発言もなされた。甲山(かぶとやま)事件で無罪が確定した山田悦子さんは、自分が受けた過酷な報道被害の体験から、「人間の尊厳」を守るためのささやかな手段・方法としては匿名報道しかないと述べた。

 大分女子短大生殺人事件(みどり荘事件)で逮捕され、福岡高裁で無罪となった輿掛良一さんは、マスコミによって家族が受けた被害の実情を述べ、無罪判決後もマスコミから謝罪がなく、現在も続いている報道被害の現状を訴えた。これら報道被害者の発言には迫力があり、報道被害者らが自ら口々に匿名報道の必要性を訴えたことは実に説得力に溢れていた。

 これに対して、パネリストによるパネルディスカッションでは、与党である自民党が、報道モニター制度を設けたり、同党の「報道と人権等のあり方に関する検討会」の報告書が法的規制の可能性を示唆するなど報道に対する規制への動きが強まる中で、危機感を感じているとは思えない活字メディア界の鈍い対応に対する不満と危機感が色濃くにじみ出ていた。

いかに被害救済を行うのか、具体論への“詰め”が課題

 ただ、シンポジウムの多くの時間が匿名報道の是非という原理論に費やされ、報道被害者の生の声に耳を傾けて、弁護士や弁護士会として報道被害を具体的にどのように救済していくのか、報道評議会を創設するために今後具体的にどのようなアクションをすべきなのかという点の議論が深まらなかったことは大変残念であった。

 日弁連は、翌十五日に開催された人権擁護大会で「報道のあり方と報道被害の防止・救済に関する決議」を採択。その中で、報道機関に対して「原則匿名の実現に向けて匿名の範囲をより広げるとともに、被害者とその家族の名誉・プライバシーなどの人権を侵害しないように配慮をする」ことを求めるとともに、「新聞・雑誌などのプレス(活字メディア)は、『報道評議会』などの独立した第三者機関を自主的に設置し、報道の自由を守りつつ、報道被害の救済の実現に努める」ことなどを要請した。

 「原則匿名報道の範囲の拡大」については十二年前の宣言からあまり進歩は見られないが、被害者とその家族などの人権に言及した点は評価できる。

 報道評議会の設置については、「その母体となるべき各報道機関、新聞協会、雑誌協会、新聞労連、日本ペンクラブ等に対し、継続的に働きかけるとともに、これらの機関との共同の研究会の設置を具体的に検討する」(シンポジウムの基調報告)ことを提言している。今後、日弁連の強力なイニシアチブによって、市民とメディアによる自主・独立の報道評議会(メディア責任制度)創設に向けた動きが本格化することを強く期待したい。
(弁護士)




略歴  やました・ゆきお 1962年香川県生まれ。創価大学卒。89年4月に弁護士登録(東京弁護士会所属)。著書に『最前線インターネット法律問題Q&A集』(情報管理)、共著に『盗聴法がやってくる』『盗聴法がやってきた』(ともに現代人文社)、また、荒木伸怡編著『現代の少年と少年法』(明石書店)の第4章「付添人から見た少年」を執筆。