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寄稿論文

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豊かな現状を維持したい台湾の人々

田中 宇
ジャーナリスト

(1999年9月18日付)




李総統の「二国論」の背景に本・外省人の対立

総じて親日的な雰囲気、老若で考えの違い



「統一」が与党の建前だが実際には…

 「統一は、多くの面で利益があります。台湾だけでは小さな存在でしかないが、統一すれば、経済面、政治面で大きな存在になれます」。

 八月下旬、台湾を訪れた際に会った、与党国民党の朱鳳芝・立法委員(国会議員)は私に、中国と台湾が統一することのメリットを力説し、国民党の党是でもある統一論を展開した。朱さんは笑顔が若々しい快活な女性だ。この日はちょうど、来年三月の総統(大統領)選挙で連戦・現副総統を統一候補として選出する党内調整の最終段階にあり、朱さんも院内を飛び回る忙しい最中のインタビューだった。

 この後、再び会議に出向く朱さんに代わり、林さんと廬さんという二人の女性秘書が私を昼食に誘ってくれた。だがそこで聞いた話は、直前のインタビューで聞いた統一論とはかけ離れていた。林さんは「今の大陸と統一した方が良いと思っている若い人は、私たちの周りにはほとんどいません」と語り、廬さんも、うなづいていた。建前としての統一論の下には、現状維持を求める人々の本音があるのだった。

 私は台湾に十一日間滞在し、政治家、役人、財界人、大学教授、ジャーナリスト、サラリーマンなどに話を聞いた。国民党の政治家と役人は統一論だったが、他の人々の多くは、中国と台湾が別々の社会である現状が続くことを望んでいた。台湾は今、日本とさして変わらない言論の自由と経済的な豊かさを持っているだけに、それを変えてしまうかもしれない統一を人々は恐れていた。

 たとえば、日本の商社の台北支店に勤める顔瑞男さんは「隣の国から脅され続ける状態を終わりにしたい。政府が独立宣言して中国が攻めてくるなら、私は戦います。それで死んでもかまいません」と真顔で語った。

 国民党は一九四九年、内戦に破れて台湾に逃避して以来、中国を再統一するためという理由で、独裁的な政治体制を続けた。だが八〇年代後半から民主化が世界の潮流となり、アメリカの後ろ盾を必要とする国民党も変わり出した。それまで台湾を支配したのは、国民党とともに大陸から移住してきた「外省人」だった。

人口の85%占める本省人の影響力増す

 外省人は全人口の約15%しかおらず、残りの「本省人」は政官界の上層部に入りにくかった。台湾の民主化は、本省人が国民党中枢に入り込む形で進み、本省人の李登輝氏が総統に就任し、九六年の初の総統直接選挙で再選された。

 本省人は一般に、外省人よりも大陸への愛着が薄く、台湾に対する郷土愛が強いため、国民党の独立傾向は強まった。これは、統一に消極的な本省人有権者の歓心をかう選挙対策でもあったが、党内では統一を求める外省人の勢力も強い。この矛盾を止揚するために、李総統が七月上旬に打ち出したのが「今は台湾と大陸は別々の国だが、将来は統一を目標にする」という「二国論」だった。

 多数派ではないものの、外省人の中には統一を求める若者もいた。駆け出しのジャーナリストである謝怡芬さんは「台湾は中国の一部だから、統一した方がいい。香港のような一国二制度ならできるはず」と語った。

 その場には、本省人で独立派の類さんというお年寄りが同席していたが、謝さんの発言に憤慨し「中共の香港経営は失敗している。大学の新聞学科まで出て勉強したのに、非現実的なことを言うな」と述べ、論争になった。

 謝さんの実家には、広東省から出稼ぎにきた親戚が同居しており、その家庭環境から、謝さんは大陸の人々に対して親近感を持っていた。

 一方、類さんのように本省人で高学歴の七十歳前後以上のお年寄りは、若いころ国民党による弾圧を受けたため、反国民党の台湾独立を支持する人が多いように見うけられた。彼らは若いころに学んだ日本語を今も話し、カラオケで日本の軍歌を立て続けに歌うなど、親日感情も強い。

 二国論は中国の強い反発を招いたが、来年三月の総統選挙で国民党の連戦候補を有利にする効果もあった。総統選には、元台湾省長の宋楚瑜氏も国民党から離れて立候補する見通しで、強力な対抗馬となりそうだが、二国論の発表で中国が軍事威嚇を強めたことは、中国寄りといわれる宋氏にマイナスで、連氏を利することになった。

米国からの圧力を牽制するしたたかさも

 二国論はまた、今年に入って悪化した中国との関係を戻したいアメリカが台湾に圧力をかけ、中国との統一交渉を進展させようとするのを予防する狙いもあった。中国政権内では、失業増など経済改革路線のマイナス面が目立つようになり、江沢民・朱鎔基ラインの親米改革派に対する、軍などの反米左派からの攻撃も強まった。親米派は台湾との統一交渉を進め、国民と左派勢力からの批判をかわそうとしている。

 十月には、中国政府で台湾との交渉の最高責任者をしている汪道涵氏が、中国政府幹部として初めて台湾を訪れて交渉する予定だったが、これに先立ってアメリカが台湾に譲歩するよう促す可能性があった。二国論の発表により、汪氏の訪台は新総統が決まってからになりそうで、台湾としては時間稼ぎができることになった。

 またコソボや東チモールなど、分離独立を望む住民が自国政府から弾圧されている地域紛争に関して、国連やNATOといった国際機関が人権保護の立場から住民を支援する潮流が生まれていることも、二国論発表の背景にあったと考えられる。

 統一問題に対して外省人は支持、本省人は消極的というのが従来の図式だったが、若い世代にとっては外省人・本省人という区別すら、重要ではなくなっている。朱議員の二人の秘書はいずれも本省人だったが、互いに相手が本省人なのか外省人なのか、会食中に私が尋ねるまで知らなかった。  以前は台湾語を話すのが本省人、北京語しか話さないのが外省人と区別できたが、今の若者は林さんのように、本省人なのに北京語しか話さない人も多い。「本省人・外省人という区別をせず、台湾人というだけで十分だと思います」という林さんの言葉が印象的だった。(ジャーナリスト)




略歴  たなか・さかい 1961年、東京都生まれ。東北大学を卒業後、共同通信社記者として10年間、バブル経済の崩壊などを取材。97年マイクロソフトに転じ、インターネットを通じて国際ニュース解説を配信。 http://tanakanews.com/で記事を公開している。著書に『神々の崩壊』(風雲舎)『マンガンぱらだいす』(風媒社)。