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寄稿論文

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 米国における政治と宗教の現在

上坂昇
桜美林大学大学院国際学研究科長

(1999年7月31日付)




道徳的荒廃に挑む右翼連合

教条的な態度から実際的な成果獲得へ



コロラド州高校“銃乱射事件”の一断面

 去る五月、コロラド州リトルトンの高校で起こった銃乱射事件で死亡した十三人(犯人 の二人を除く)のうち八人が、熱心なクリスチャンだった。四人がエバンジェリカル(福 音主義者)、四人がカトリックである。アメリカでの報道でも、犯人の人種的マイノリテ ィーとスポーツ選手に対する憎悪が強調されていたが、宗教に対する反感も強かったのだ 。

 しかも、図書館で聖書を読んでいた十七歳の女子学生が、犯人に銃口を付きつけられな がらも「私は神を信じる」と、力強く自らの信仰を告白して殺されたことがわかると、彼 女を殉教者として崇(あが)める運動がとくに若い十代の保守的なクリスチャンの間で広 がった。

 この事件はアメリカの病める社会を象徴している。共和党系で、世直しを目指す「クリ スチャン連合」は、この事件を利用して「教室に信仰と道徳性を取り戻す必要がある」と 二〇〇〇年大統領選挙キャンペーンで宣伝した。

 ここ数年だけをみても、宗教右翼の政治・社会的出来事をとおしたアピールはきわめて 顕著である。聖書の言葉「十戒」を教室や役所に掲示することを義務付ける法案が、いく つかの州議会で成立しており、昨年には連邦議会の上下両院で「十戒」の掲示を奨励する 決議案が成立している。ごく最近では、この七月中旬に「信教の自由保護法案」(RLP A)が下院を通過しており、近く同様な法案が上院で成立するといわれている。

幅広いロビー活動で共和党に足場固める

 この法案は、最高裁の判決で信教の自由が制限されているのを是正しようとするものだ が、興味深いのは、その内容よりも支持団体の顔ぶれだ。クリスチャン連合、家族調査評 議会、家族フォーカスといった代表的な宗教右翼団体に加えて、リベラルな主流教派、カ トリック、そして宗教右翼とつねに対決し、その運動を監視してきた「アメリカ的方法を 求める人々」(PFAW)や「政教分離を求めて団結するアメリカ人」(AUSCS)な どが名を連ねているのだ。

 宗教右翼の対抗勢力としては、アメリカ自由人権協会(ACLU)のみが、法案は同性 愛者と人種的マイノリティーの公民権を制限する危険があるとして反対した。つまり、信 教の自由を拡大解釈して、たとえば、同性愛者は自己の信仰に反するので部屋を貸せない という家主の言い分を認めざるをえなくなるというのだ。

 こうした水と油の関係にあった保革勢力の「連合」が可能になったのは、なんといって も宗教右翼の戦術が変化し、洗練されてきたからである。一九八〇年代に反共、祈りの復 活、反同性愛をひたすら唱えたファンダメンタリスト(根本主義者)中心のモラル・マジ ョリティー(道徳的多数派)が主導した宗教右翼の運動はもはやない。

 九〇年代に政治的にも戦術的にも装いを新たにした宗教右翼は、草の根組織としての教 会を各地に確保し、共和党に強い足場を築いたクリスチャン連合を中心に幅広いロビー活 動を行っている。二〇〇〇年を迎える昨今では、多様な勢力の連合がより盛んになり、多 少の譲歩をしても成果をものにすることの重要性が、宗教右翼の間で強く意識されている ようである。

「国際信教自由法」の成立で外交にも関与

 その最大の成果は、一九九八年秋に超党派で、しかも全会一致で成立した「国際信教自 由法」(IRFA)である。下院は当初、宗教迫害を容認している外国政府に対して自動 的な経済制裁を課す「宗教迫害からの自由法案」(FRPA)を大差で可決したが、宗教 界のリベラル派やクリントン政権の反対から、上院での成立は最初から困難とされた。

 そこで、議会多数派の共和党指導部は、中間選挙の投票日までになんとか宗教右翼の支 持を期待できる法案を上院で成立させなくてはならないと考え、下院法案より制裁のゆる やかな「国際信教自由法」を成立させたのだ。

 下院はただちにこの上院案を承認し、クリントン大統領も法案に署名した。そして、宗 教界のほとんどの団体が支持を表明した。これまで内政中心だった宗教右翼の活動が外交 にまで広がり、成果を挙げたことは注目すべきである。

 宗教右翼の雄、クリスチャン連合は収入減、指導者の相次ぐ離反、免税団体の資格剥奪 (はくだつ)の危険などの問題を抱えている。しかし、宗教右翼全体としては、宗教問題 に限らず犯罪、教育、減税など一般生活問題にも積極的に関与し、間接的ながらアメリカ の道徳的荒廃を立て直そうとしている。そのほうが世論や他勢力の支持を得やすいからだ 。

 それに加えて、宗教右翼はオール・オア・ナッシング(全か無か)の教条的な態度から 、多少の譲歩をしても何がしかの成果を得るというプラグマティックな戦術を身に付けつ つあるので、今後もアメリカ政治のなかで一定の影響力を持ち続けることは間違いないだ ろう。

(桜美林大学大学院国際学研究科長)




略歴  こうさか・のぼる 1942年東京生まれ。東京外国語大学卒業。時事通信、小学館、 アメリカ大使館を経て、88年に桜美林大学へ。本年4月より現職。著書に『現代アメリカ の保守勢力―政治を動かす保守勢力』『増補 アメリカ黒人のジレンマ』『キング牧師と マルコムX』、共著に『アメリカの宗教』『アメリカと宗教』などがある。