

(1999年6月12日付)
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大使館誤爆事件が愛国心呼び覚ます 崩れ去った理想の経済大国アメリカの幻影 |
それは、かつて繁栄や自由の象徴であった「自由の女神」が、今回は破壊の対象となったことに端的に表れている。その担い手は、青年、とりわけ大学生らであった。腕に黒の喪章、胸に白い花を付け、口々に「五・四運動の愛国の志を受け継ぎ、NATOによる国辱を晴らそう」「わが同胞を返せ」と叫んだ。
だが、この激しいデモは、予想外に短期間で収まった。事件から一週間後、北京を訪れたが、首都の街はすっかり秩序を取り戻していた。鳴り響くのは、建国五十周年を祝賀する改修工事の槌音(つちおと)ばかりであった。
これをして、「官製デモ」と書き立てる西側メディアは少なくない。だが、例えば一九九六年の「中台危機」において、どんなに国営メディアが喧伝(けんでん)しても、今回のような学生によるデモは起きなかった。それだけ、今回の事件は若者の心に突き刺さった。
なぜか。それは、「中台危機」以来、国際社会に仲間入りするために、敢(あ)えて譲歩も辞さなかった中国をアメリカは裏切った、という悔しさを惹起(じゃっき)させたからにほかならない。と同時に、「最も行きたい国であるとともに、最も嫌いな国」(『中国青年報』アンケート調査)という愛憎(あいぞう)相半ばしたアメリカへの幻影が崩れ去った、という無力感をも引き起こしたからだろう。
NATO批判の第一声も、胡錦涛(こきんとう)国家副主席によるテレビ演説であった。「米国をはじめとするNATOの野蛮な暴挙を厳しく非難し」、デモ行進を続ける学生らの抗議活動を「断固支持」しつつ、「社会の安定を断固確保しなければならない」と説く。「官製デモ」どころか、学生らの熱情を冷ます働きを担った。
もちろん、テレビが間接的に、学生らの愛国心を呼び覚ます役割を果たしたことも事実だろう。例えば、国営の中央電視台では、番組のはざ間で団結を呼びかける愛国歌「中国人今天説不(中国人は今こそノーと言う)」を流し続けた。声量ある男性歌手が歌うバックには、犠牲者の遺族や、反米デモで叫ぶ青年の姿が映し出されている。「ノーと言える中国人」。これが国民の求心力を高めるキーワードであった。
同じ文脈では、五月十日付『人民日報』の論評「中国人民を侮(あなど)ることはできない」がある。「中国人は怒っている」で始まる同論評には、「中国の百年間の弱く欺(あざむ)かれる時代は過ぎ去り、二度と戻ることはない」と叫ぶ。
五月十七日付『人民日報』の「人道主義か覇権主義か」と題する論文はその代表例であろう。そこでは、今回の対ユーゴ戦争の目的は、NATOの「新戦略概念」に先例を作ることにあるとする。新たな国際秩序を読み解くカギは、「新冷戦」「新干渉主義」という認識だ。
「新冷戦」には、唯一の超大国・アメリカが「民主国家の国際組織」である国連に取って代わって、すべてを取り仕切ろうとしていることへの警戒心を込める。また、「新干渉主義」は「領土ではなく、価値観のために戦う」と定義付け、「彼らのいわゆる『民主』『自由』『人権』の価値観を他に押しつけ、他国を属国にしようとするものである。……これは実質的に新植民地主義である」と断じる。
胡副主席のテレビ演説にあるように、社会(地域)の秩序に対する責任感を強調する、アメリカとは異なるもう一つの価値観を訴えるメディアの論調は、同じアジアに属する日本にとっても、けっして無視することはできまい。「我們絶対不能乱(我々は絶対に自らの手で内乱を起こしてはならない)」と叫びながらデモ行進に参加する若者は、百年を経て新しい価値観の創造に歩みだしたのかもしれない。(ジャーナリスト)
略歴 にしだ・まこと 1962年、東京都田無市生まれ。慶応大学経済学部卒。東洋経済新報社に入社。現在、『週刊東洋経済』編集部にてアジア担当。著書に『人民元・日本侵食』(リヨン社刊)。