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寄稿論文

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ユーゴ紛争と独マスコミ

伊藤光彦
福井県立大学教授

(1999年5月22日付)




「奇妙な静かさ」が論調を支配

第2次大戦後初の出兵を“事後追認”



左翼政権のもとでの“参戦”という事情が影

 ドイツ人にとって、ユーゴ戦争は、一九九九年という年がもたらした試練である。二重 、三重の意味がこもった試練であり、ドイツという国の本質が変わるかどうかにさえかか わっているので、国際社会も十分な注視を必要とする。

 第二次大戦に敗れてから初めて、この国は自らの軍隊を現実の戦争に参加させた。敗戦 ドイツの独立、つまりドイツ連邦共和国の成立からはちょうど五十年目に当たった。北大 西洋条約機構(NATO)の五十周年記念日直前に戦争が勃発(ぼっぱつ)したことも歴 史のいたずらと片付けられない。ワシントンでの同盟国サミットは、周知の通り、予定さ れた祝賀とはうって変わり、重苦しい戦争統帥会議の場となった。

 ドイツ自体に関していま一つ運命的な側面がある。社民党と緑の党連立によるシュレー ダー政権が発足して、半年もたたない時期での戦争突入だったことだ。ドイツの社民主義 、左翼の伝統は、路線選択の厳しい挑戦を突きつけられた。国家のあり方とともに、欧州 政治、西側同盟の将来に関わる諸々の決定が迫られた。

 これをドイツのマスコミはどう報じたか。一般に、独マスコミのユーゴ戦争報道を支配 しているのは、一種の「奇妙な静かさ」だと言ってよい。この語は、週刊新聞『ツァイト 』に載ったドイツ平和学の権威エルンスト=オットー・ツェンペル教授のコメントを出典 とする。

 教授は同紙とのインタビューで「三月二十四日(NATOの軍事介入開始日)いらい私 が特にいぶかしく思うのは、政治的諸階層の言語喪失、議会の押し黙り、そして何事につ け付和雷同で事後追認する態度だ」と述べている。

 「ドイツおよびNATOの伝統的路線を大きく超えた戦略が追求されている以上、この ような軍事介入は、その正統性、合法性、政治的有用性について激しい議論を呼んでしか るべきはず」なのにである。

“普通の国”願望が暗黙の了解生む?

 実際、四月中旬に行われたドイツ軍の参戦をめぐる連邦議会(下院)論議では、PDS (民主的社会主義党=旧東独共産党の後身)を除く与野党が、シュレーダー政権の決定を 支持した。このような「事後追認」の態度はメディアの姿勢にもつながっている。

 セルビア爆撃の長期化につれ、NATO軍事行動の有効性と合法性、あるいは戦争その ものの現代的意義についての議論は、しだいに懐疑の度合いを深めながら広がった。

 だが、自国軍隊の参戦については、日本人の目から見れば不思議なほど「当然視」が横 行している。国論に目立った分裂が生じていない。

 最大の理由はNATOの軍事介入に合流する決定を下したのが、社民主流の左翼政権だ った事実に求められよう。

 本来は、ソマリアヘの国防軍PKO派遣(九三〜九四年)をめぐって野党時代の社民、 緑の党が提起した違憲論争さえ、まだ決着がついていない。しかし、独空軍の爆撃機トル ネードが昼夜をついてセルビア攻撃に参加している今日に立ち至っては「現実が法理とな った」(『フランクフルター・アルゲマイネ』紙)のである。

 今日のドイツには(少なくともメディアの過半を含む社会の指導階層には)自国が「戦 争もできる普通の国」になってほしいとの潜在欲求があるかのようだ。これを実現するた めには今回の機会を逸することができない、という広範な、暗黙の了解が出来上がってい るふしがある。

 NATO同盟の中でドイツだけがセルビア軍事懲罰への参加を拒めば、連邦共和国の五 十年は元の木阿弥(もくあみ)になってしまう。そういう危惧がドイツを行動に駆り立て 、マスコミの姿勢に抑制をもたらしている。

草の根の声には反戦の叫び沸騰も…

 シュレーダー首相、フィッシャー外相ら政府首脳部は政権担当者としての経験が浅く、 また前大戦の記憶さえない世代の出身だ。このことが、西側の大勢に順応する以外の選択 の道を狭めている。

 『シュピーゲル』誌によれば、シュレーダー氏は今回の事態で「右往左往しないこと」 を自らの行動指針にしたそうだ。「もし亀裂一筋でも生じれば、ダム全体が崩壊する」か もしれないからである。

 ドイツの歴史的転換期にあたって、国民の草の根の意思が政治家やメディアの主流論調 と歩幅を等しくしているかどうかは、大いに疑問のあるところだ。

 二十四歳の「出征兵士」を持つドイツの母親の一人は「私はお前を死なすため産んだの ではない」とテレビで語りかけて、全国的な感動を呼んだと伝えられる。

 『ツァイト』は「戦争をやめよ」の見出しのもと一般読者の投書を特集した。このリベ ラル紙には珍しい反戦論調で満ちている。

 ユーゴ戦争が(従ってドイツ軍の参戦が)国内法上でも国際法上でも違反であり、西側 の価値基準の「欺瞞(ぎまん)」を証明するものであると、多くの読者によって遠慮会釈 なく指摘されている。

 「(この戦争が正しいとしたら)なぜ我々はクルド民族のため、南米のインディオのた め、インドネシアの少数民族のため、あるいはチベット人のために、独断専行の攻撃をし なかったのか」(一読者)(福井県立大学教授)






略歴  いとう・てるひこ 1937年長野県生まれ。京都大学文学部卒。毎日新聞外信部長、 欧州総局長などを経て、現職。著書に『ドイツとの対話』(日本エッセイストクラブ賞受 賞)など多数。