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寄稿論文

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コソボ紛争で動揺する米報道界

仲晃
国際問題評論家

(1999年5月8日付)




空爆の長期化に伴い世論も変化

「人道的介入」と「内政不干渉」の狭間で…


先例のない難問が次々と

 南欧の一角、ユーゴスラビア連邦内の小さなコソボ州での紛争が、解決のメドのつかな いまま長引き、世界の懸念を集めている。

 冷戦終結を待っていたかのように、世界各地で次々と地域紛争が起きる。国連が軍事、 外交的に無力だとすれば、大国が加わった地域の集団安全保障組織(軍事同盟)が、これ らの紛争を収拾すべきなのか、主権平等の原則があてはまる国連の加盟国に、ほかの加盟 国が国連決議もなしに武力攻撃を加えることが許されるのか、独裁者を追い払うための攻 撃であっても、大量の難民や犠牲者が出た場合は、どう対処すべきなのか、先例のない難 問が山積している。

 全世界のメディアが、こうした最近の深刻な状況への対応に苦慮しているが、なかでも 冷戦後唯一の超大国として残ったアメリカの報道界では、急激に内向き傾向を深める国内 世論や、その逆にアメリカ一極主義を謳歌する保守派の主張の間にはさまれて、納得でき る解答を懸命に模索している。

 コソボ紛争に対するアメリカの報道界の姿勢は、コソボ住民の人権をふみにじるユーゴ のミロシェビッチ大統領への批判で一致し、三月下旬いらいユーゴに空爆を加える北大西 洋条約機構(NATO)の軍事介入を支持している。そして、こうした人権擁護政策を推 進するクリントン大統領の姿勢をほぼ無条件で支持する。

 その一方で、NATOの空爆で続出する難民の被害や、ユーゴのテレビ局への攻撃など に戸惑いを隠せないでいる。かりに、空爆だけではユーゴが屈服せず、米軍を中核とする 地上軍を投入することになれば、国内世論が一転して介入批判に転ずるかもしれず、人権 擁護の原則との深刻なジレンマが待ち受けている。

クリントン政権支持で当初は結束

 コソボ紛争をめぐるユーゴへの空爆と、昨年末のイラクへの空爆に対するアメリカのメ ディアの反応には大きな違いが見られる。

 イラクへの攻撃は、米国の意にそわないフセイン大統領への懲罰の意味が強く、超大国 アメリカとイラクの角(つの)の突きあいの印象があった。イラク国民が大統領によって 過度に人権を抑圧されているわけでもないので、アメリカの空爆は「人道的介入」とはと うてい言えず、国際的な説得力がなかった。国連安保理では、中国とロシアに加えて、N ATOの同盟国フランスも批判的態度をとり、アメリカの独走が目立った。

 対照的に、コソボ紛争への今回の介入は、米報道界にとって支持しやすい条件をそろえ ていた。米英の両国だけが突出したイラク攻撃と違い、コソボへの介入にはNATO十九 カ国が原則的に支持し、うち十三カ国が空爆に兵員や軍用機を拠出している。NATO未 加盟の周辺諸国からも、介入批判の声は聞こえない。国連安保理の決議はないが、人種的 、宗教的背景、それに外交的計算から、ロシアがユーゴ制裁に拒否権を行使するのが見え ている以上、国連にこだわる空気は少ない。

 何よりも、コソボ問題では、スラブ民族主義者のミロシェビッチ大統領が、イスラム教 徒の多いアルバニア系住民の自治要求を拒否し、『民族浄化政策』を推進していることが 、国際社会の厳しい批判を受けているという状況がある。人権と民主主義の擁護はアメリ カ国民には絶対的な道義基準である。

 四月十六日、懸命に国外脱出を図る難民の車両をNATO軍機が誤爆して死傷者が出た 時、かなりの国でNATO批判の声が噴き出した。

 しかし、米国を代表するニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの両紙は、大量 難民の流失を招いたのはミロシェビッチ大統領のアルバニア系住民への迫害であり、非難 すべき相手を間違えてはならない、と書いた。そして、誤爆にもかかわらず、目的達成ま で空爆を続行するとのクリントン大統領の声明を社説で強く支持した。クリントン大統領 の不倫疑惑騒動が一段落し、国民の間の不協和音が消えたのもプラスに働いた。

テレビ局爆撃にショック受ける

 だが、危機が長引くにつれて、米国の報道界にも動揺が広がり始めている。連日の空爆 にもかかわらず、ミロシェビッチ大統領は強硬姿勢を続け、国民の支持も揺るがない。焦 りの色の見えるNATOが空襲の規模を拡大するにつれて誤爆が増え、その分市民への被 害も広がる。隣国へ逃れた難民への国際的支援も十分ではない。

 ユーゴ空襲の激化に伴うテレビ局など報道機関への攻撃は、アメリカのメディアに複雑 な波紋を投げている。四月二十三日の国営テレビ局攻撃では多数の死傷者が出た。ユーゴ のメディアは大統領支持であり、この報道が国民のミロシェビッチ支持を支えているのは 事実だが、「知る権利」を掲げて報道活動をしている他国のマスメディアを、軍事力で破 壊するのを擁護するのは気が進まない。NATOの『正義』を疑う声も評論家の間から出 始めた。

 空襲が一カ月を超えた四月末から、それまで六一%あった世論調査での空爆の支持が、 一気に一〇<ポイント>も急落した。一時は上昇していた地上部隊派遣論も、四月中旬に は賛成四六%、反対四五%と賛否が拮抗(きっこう)している。

 アメリカ型の人権と民主主義の思想、それに強大な軍事力だけで、利害関係が輻輳(ふ くそう)する国際危機を解決できるのか。国連をもっと活用しながら国際社会の総意を引 き寄せ、外交手段を駆使して粘り強く解決を模索していく道はないのか。アメリカ政府に 劣らず、報道界も新しい試練に直面している。(国際問題評論家)






略歴  なか・あきら 一九二六年、京都府生まれ。東京大学を出て共同通信社に入り、ワシン トン、ジュネーブ支局長など海外報道十二年。六二年ボーン賞受賞。八九年から九八年ま で桜美林大学国際学部教授(アメリカの現代政治、マスメディア、国際世論担当)。現在 はボーン・上田記念国際記者賞委員会常任幹事。著書に『ケネディはなぜ暗殺されたか』 など、訳書に『マクナマラ回顧録』『ゲバラ日記』など。