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寄稿論文

メディアのページ


「ユーゴ空爆」報道に思う

滝沢荘一
富山国際大学教授

(1999年4月24日付)




情報洪水の中から真実見いだす難しさ

複雑な紛争の背景、分析・解説記事が不足


 ユーゴスラビア連邦セルビア共和国コソボ自治州紛争は、北大西洋条約機構(NATO)軍が空爆を開始してからちょうど一カ月。日本を含む世界中のマスメディアにはさまざまな情報や映像があふれている。

 そうした情報洪水を前にして、人々は「何か大変なことが起きている」とは分かっても、「一体、何が、なぜ、起きているのか」を正確につかめないもどかしさや、いらだちを感じ始めている。その原因の大半は、この紛争に対するわれわれの側の無関心や無知にあるのかもしれない。

 しかし、一九九〇〜九一年の湾岸危機・戦争の時、米国の「情報操作」によって「これは無法者イラクに対する正義の戦争だ」と単純に信じ込まされたわが国が、膨大な戦費の負担を余儀なくされたことを考えれば、紛争自体だけでなく、メディアの報道ぶりにも目を光らせる必要がありそうだ。

 コソボ紛争への関心度をみようと、新学期が始まったばかりの私の大学で、ゼミ生に意見を聞いてみた。

 「一応ニュースは見ているが、何が何だか分からない」「難民はすごくかわいそう。でも次々と断片的ニュースが報じられるだけで、経過や全体像が全然分からない」「あらゆる紛争には、それぞれの言い分があるはずなのに、ユーゴのミロシェビッチ大統領だけが悪者扱いされているのでは――」

 十六人のゼミ生全員が一致したのは、コソボ紛争の新聞報道、テレビ報道はとにかくよく分からない、という点だった。学生の側の無関心・無知を指摘するのはやさしいが、メディアの側にも問題があるように思う。

問題の発端は1389年「コソボの戦い」に…


 確かに各紙は何回か、「コソボ紛争とは」といった注や豆解説を掲載したし、歴史を紹介するテレビ映像もあった。だが、コソボ紛争の根は非常に深く複雑で、わずか数十行の注では、とても理解できない。たとえば『ワシントンポスト』や『ニューヨークタイムズ』が、何ページも使って、詳細な解説を載せているのと比べて、質・量とも大きな違いがある。

 さらに、空爆が始まり、難民流出、米兵が捕虜に、米機撃墜、空爆拡大、列車や難民誤爆――といったニュースが次々と出てくると、メディアは最新情報を追うのに忙しく、それまでの経過、歴史、全体像に関する報道にはますますお目にかかれなくなった。途中から関心を持った者にはお手上げなのだ。

 さらに問題なのは、危機勃発(ぼっぱつ)で、急きょ、常駐しているパリ、ロンドン、ボン、モスクワなどからユーゴとその周辺に派遣された日本の特派員たちが、ユーゴ情勢についての知識を十分持っているとは限らないことだ。そこで、現状に対する豊富な知識や歴史を踏まえた情勢分析よりは、目前の爆撃や難民の悲惨な証言ばかりが紙面や映像をにぎわすことになる。

 問題の発端は一三八九年の「コソボの戦い」にあり、今は「被害者」のアルバニア系住民がセルビア人を襲ったり、追い出したりしていた歴史を踏まえていないから、現地報道はどうしてもNATO寄りになる。つまりNATOの空爆は、コソボのアルバニア系住民に対するセルビア側の迫害をやめさせ、難民の流出を防ぐことだ(現実には促進してしまったわけだが)――というNATOの言い分を鵜呑(うの)みにしがちになる。

新鮮だった英国『エコノミスト』誌の視点


 しかし、ユーゴ側から見れば、バルカンの実態にうとい米国など大国の指導者が一方的に作った和平案を、国連にもはからず、武力で押しつけようとしていること自体が許せない侵略行為と映る。

 自国の一部であるコソボに住むアルバニア人が、欧州から武器援助を得て武装テロ集団(KLA=コソボ解放軍)を組織し、独立を求めているのは犯罪なのだから、逮捕・処罰は当然。NATOが内政に干渉し、自国内からのユーゴ軍の撤退や、NATO軍の駐留を要求、拒否されるや、国連の手続きもなしに空爆するのは国際法違反だ――というユーゴ側の言い分もそれなりに筋が通っている。ただ、こうした見方はわが国のメディアにはまず登場しない。

 その点、新鮮に感じられたのは英国のニュース週刊誌『エコノミスト』(4月3日号)の視点である。表紙に顔を覆って泣き伏すアルバニア人の写真を掲載し、「セルビア、それともNATOの犠牲者なのか?」と問う見出しを付け、空爆が事態を一層悪化させた現実を批判している。米国のニュース週刊誌『ニューズウイーク日本版』(4月7日号)も「クリントンは致命的な誤りを犯した」とのキッシンジャー元米国務長官の特別寄稿を掲載するなど、『タイム』誌とともに米政策に対する鋭い批判や分析を掲載している。

 一方で、マケドニアの難民キャンプでは、米テレビ取材団が難民にドル札を手渡しては泥の坂で何度も転んでもらったり、「服がきれいすぎる」と、泥だらけの毛布をかぶってもらって撮影している――との報道もある。

 連日の「ユーゴ空爆報道」は、複雑な民族紛争を武力で解決しようとする愚かしさとともに、情報洪水の中から真実を見いだすむずかしさをも改めて教えてくれた。

 (富山国際大学教授)






略歴 たきざわ・そういち 一九三六年、東京生まれ。東大卒。東大新聞研究所修了。毎日新聞社整理部、外信部、編集委員などを歴任、八八年から熊本大学法学部教授、九八年四月から現職(人文学部、国際政治専攻)。著書に『湾岸戦争にみる現代政治』『SDI――幻想と現実』など多数。訳書に『未来を生きる――トインビーとの対話』など。