

(1999年4月10日付)
|
善意のドナー(提供者)がマスコミ被害のえじきに 情報封鎖の口実与えたプライバシー無視 |
「全国紙の大阪本社社会部から出張してきた記者たちの厚顔無恥な振る舞いはまるでヤクザのようだった。同業者として恥ずかしく、また情けなかった」
二月二十八日に行われた脳死による臓器移植に関するマスメディア取材・報道について、地元の記者から私に届いた感想である。犯罪関係者でもない、普通に生きてきた市民が、ドナーカードを持っていたというだけで、「日本初」というニュース・バリューで、メディアのえじきになった。この国では善意の提供者まで「報道被害」に遭(あ)うという深刻な事態なのである。
臓器提供が行われた病院と患者の年齢・性別などの属性はメディア報道で周知の事実となっているが、本稿では四国の病院とドナー患者としか表記しない。日本のマスメディアは、医療を受ける人は匿名(とくめい)報道するという原則を貫いてきたはずだ。匿名原則とは、報道される人が特定されてはならないということだ。
ところが二月二十五日午後七時のNHKニュースが、四国の病院名を明らかにして、臓器提供意思カードを持ち、家族も提供に同意している患者に対し、法律に基づく脳死判定が行われると“スクープ”した。この報道で、メディア各社が病院に殺到。約二百人の記者たちの車は病院の駐車場を占拠し、病院内で禁止されている携帯電話をかけまくった。
「脳死・移植報道の犯罪」とも言うべきメディアの非人間的な取材ぶりについては月刊誌『創』五月号に書いているので、読んでほしいが、日ごろ、無責任な報道を繰り返している『週刊新潮』や『週刊文春』などが、メディア批判特集を組んだほどのひどさであった。
今回の臓器移植報道の犯罪で最も凶悪だったのは、ドナー患者を特定されるような個人情報を伝えたことだろう。しかも脳死判定の手続きに入る前に、住所(町名まで)、性別、年齢、病名などが報道され、報道陣は家族の自宅まで取材したことで、匿名性はほとんどなくなった。摘出臓器の搬送は大事件の被疑者の連行の時と同じようなスタイルで生中継された。
厚生省、臓器移植ネットワーク、医療機関の側も、「情報怪獣」とも言うべき現代のメディアを甘く見過ぎていた。厚生省は情報開示とプライバシー保護の問題を考えるために、公衆衛生審議会疾病(しっぺい)対策部会臓器移植専門委員会の臨時メンバーを三人増員することになり、私がメディア論の専門家として選ばれ、三月二十三日に開かれた第十三回会合から参加している。
委員の医師たちは「マスコミには何の期待もできない」とあきらめている様子だった。私は委員会で、厚生省などが法令でメディアを規制すべきではなく、報道界が自らメディア責任制度で対応するよう要請すべきだと提言した。メディア全体で報道倫理綱領を定め、市民・識者なども参加する報道評議会・プレスオンブズマンが、取材・報道活動を監視する仕組みは、この国にもますます必要不可欠になっている。
市民の間から強い批判が出ているのに、大新聞、通信社の社会部幹部は、「公的な医療機関を監視すべきだ。市民を代表して我々がリアルタイムで取材し報道するから監視できるのだ」という立場に固執する。
「進歩的」な学者や弁護士にも、脳死移植の全プロセスを取材し報道するから、救命治療も十分に行われ、脳死判定もより厳密に行われると主張する人がほとんどだ。情報公開といっても、私企業であるメディアが取材したことをすべて報道していいということではない。
脳死移植についても、ニュース価値が低くなれば、取材もしなくなるだろう。日本中で行われている日常的な医療行為をどう監視するというのか。メディアに報道されようがされまいが、救急医・脳外科医が法律と倫理に従って仕事をするようにもっていくのが記者の職責だろう。
脳死・臓器移植に「一点の曇りもない情報公開」が求められるのは、和田心臓移植などへの不信感から当然であり、臓器移植法は「脳死判定に関わる記録の五年間の保存」を求めている。第三者機関による脳死判定も検討すべきだろう。救命治療が十分に行われたか、本人・家族の臓器提供意思の確認、脳死判定の妥当性、レシピエント(臓器を受け入れる人)の選択の公平さについて、事後検証する方策も急務の課題だ。
今回の脳死臓器移植で、脳波の測定前に無呼吸テストが実施されたり、臓器移植ネットワークがレシピエントを選ぶ際に重大なミスがあったことが分かった。「臓器提供病院の医師は臓器摘出作業に加わらない」というのが大原則なのに、救急医療を担当した医師が臓器摘出の際に麻酔をかけている。
医療を監視するために取材と報道は不可欠というが、脳死移植の過程を監視し、必要な情報を伝えたと言えるのだろうか。権力を監視するといいながら結局は人の死まで商売のネタにするメディアの性根に、メスをいれるしかないと思う。
(同志社大学教授、厚生省・臓器移植専門委員会委員)
略歴 あさの・けんいち 1948年香川県生まれ。慶応義塾大学卒。共同通信社社会部、外信部、ジャカルタ支局長を歴任し、94年4月から現職(文学部新聞学専攻)。人権と報道・連絡会世話人。著書に『犯罪報道の犯罪』『メディア・リンチ』など多数。ビデオ『人権と報道の旅』を監修。