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寄稿論文

メディアのページ


「都知事選」報道を考える 「ウケ」に走らず、争点掘り下げを

川上和久
明治学院大学教授

(1999年3月27日付)




参考にしたい米国のパブリック・ジャーナリズム

(有権者の関心をもとに報道)


有力候補の乱立でフィーバー

 この四月十一日に投票が行われる東京都知事選挙が、ここ一カ月、メディアの注目を集め続けている。青島幸男都知事の不出馬で、知名度の高い有力候補が次々に名乗りを上げ、候補者選考過程のもつれによる保守分裂状況、候補者の出馬辞退や選対内部での対立など、ニュース性のある話題がいろいろと相まって、候補者の出馬動向自体に関心が集中した。

 新聞でも、青島都知事の不出馬表明以来、有力候補者の動向や政党の動きについての報道を繰り返し、日曜日ともなると各候補者がテレビに生出演して激論を戦わせ、週刊誌も話題づくりに乗り遅れまいと、こぞってこの話題を取り上げ続けた。こういった状況は、さながら「メディア選挙」と言われるアメリカ大統領選挙を彷彿(ほうふつ)とさせるようなメディア報道のフィーバーぶりである。

 予算規模からいえば、先進国の一員であるカナダに匹敵するほどの予算を持つ東京都の首長を選ぶわけだから、多くの有力候補が政策を競い合い、多くのメディアが報道して、ガラス張りのメディア選挙が展開されるのは、ある意味では好ましいことだ。だが、新聞、テレビ、週刊誌それぞれの報道が、今ひとつ有権者にとって、選挙を曇りガラスの向こうにしか感じさせないのも確かだ。

 まず、候補者が出演するテレビ番組は、候補者の生の声をメディアを通して聞くことができ、さまざまな問題点についての考え方を比較するうえで、手っ取り早く、それなりに意味がある。だが一方で、時間的制約があるため、一つ一つの争点についての掘り下げが短くなり、テレビ受けするような印象深い言葉で、視聴者に訴求できるかどうかで印象が左右される面がある。

競馬予想的な切り口に終始

 教育問題にしても、一人の持ち時間がわずか二、三分では、抽象的なキャッチフレーズしか印象には残らない。アメリカでも、こういった、テレビ映りという点での印象度、テレジェニックな適性で評価が決まる問題点が指摘されている。また、テレビが選んだ議題に議論が集中するために、得意分野・不得意分野での差も出てくる。

 新聞も、状況の報道に紙面を割かざるを得ないあまり、候補者の無党派層対策のパフォーマンスなど、候補者の動きについての報道が中心となっている。どの候補に投票する予定かについての事前の世論調査の結果をかなり詳細に報じたために、問題とされた新聞もあった。

 週刊誌は候補者の動きや事前の票読みといった、読者ウケを狙う姿勢がさらに増幅される。「都知事選大胆予測」などと銘打った専門家任せの票読み、「妖怪戦争」「我欲党略の都知事選」など、おどろおどろしい題名を踊らせ、政党が自分たちだけの都合を優先して都民不在のドタバタを繰り広げているという文脈を強調している。

 テレビ、新聞、週刊誌とも、試行錯誤しながらも、突然現出したメディア選挙の現実の前に、受け手に興味を持って見てもらうという市場志向ジャーナリズムの呪縛から抜けられずにいる。

 だが、こういった、候補者のパフォーマンスや競馬予想的な「どの候補が勝つか」についての報道、政党などのドタバタ劇が報じられる陰で、深刻な都の財政の問題や、その関連で決断しなければならない臨海副都心の問題、景気・雇用の問題、都政の情報公開の問題、教育環境の総合的な整備による教育の立て直しの問題、都政の中での環境・リサイクルの問題など、喫緊の争点を掘り下げ、それについての候補者一人一人の考え方や政策をチェックしていこうとする報道姿勢が、前面に出にくくなっている。それが、曇りガラス越しに都知事選を見ているもどかしさにつながっている。

市場主義の呪縛抜け出せ

 アメリカでも、同じようなメディアの報道状況に対して、世論調査などにより、住民が関心を持つ争点を拾い出して報道し、いわば住民も報道に参加する「パブリック・ジャーナリズム」が地方紙を中心に静かな広がりを見せている。商業主義的に「ウケる報道」に偏らず、一般有権者の問題関心が高い報道を目指すのが、報道の原点だという自負があるし、健全なジャーナリズムを守るため、むしろ消費者の側からこういった動きがジャーナリズムの復権として評価されている。

 日本でも、九八年の参院選時に、『東京新聞』がFAXなどで有権者の声を集め、そこでの関心をもとに特集を組むという、パブリック・ジャーナリズムの精神を生かした報道を試みた。今回も『週刊現代』が都知事選に関するインターネット世論調査を行って、その結果を記事に反映させようとしたりするなど、パブリック・ジャーナリズムを意識した手法が徐々にではあるが見られるようになっている。

 「都知事選には魔物が棲(す)む」と言われているが、市場志向の呪縛から魔物自体を実体化し、増幅するところから、有権者が求めるガラス張りの選挙は見えてこないはずである。有権者の身近な問題意識を描き出し、それに対する候補者の姿勢を突き合わせて評価基準として提示し、パブリック・ジャーナリズムの姿勢を追求することで、魔物の正体を暴いていくことこそ、ジャーナリズムに期待されているのではないだろうか。

 (明治学院大学教授)






略歴 かわかみ・かずひさ 一九五七年東京生まれ。東京大学卒。同大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。東海大学助教授を経て現職。専門は社会心理学・コミュニケーション論。著書に『情報操作のトリック――その歴史と方法』『メディアの進化と権力』など。