

(1999年3月13日付)
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真犯人の自白を収録し冤罪晴らす 名門ノースウェスタン大学ジャーナリズム学部の快挙 |
死刑執行が二日後に確定し、最期の食事は何にするかと聞かれた死刑囚アンソニー・ポーター(44)は、さる二月五日、十七年目に仮釈放され、出迎えた母親や恩人の教授、学生たち一人一人としっかり抱き合い、「素晴らしい自由」を満喫した。ジャーナリズムの学生たちの「再捜査」が彼の命を救ったのである。
イリノイ州シカゴ郊外エバンストンにある名門ノースウェスタン大学のジャーナリズム学部教授デイビッド・プロテスと調査報道研究クラスの学生たちは、ポーター事件を再調査。二月三日ミルウォーキー在住の真犯人とみられるアルストリー・サイモン(48)は、麻薬取引のトラブルから、自衛のため「六発は撃ったようだった」との自白をビデオテープに収録することに同意、ポーターの自由への生還が実現した。
一九八二年八月十五日の深夜、シカゴのアフリカ系米国人地区サウスサイドで起こったジェリー・ビラード(18)と婚約者マリリン・グリーン(19)の射殺事件の犯人として二日後逮捕されたのが、当時二十七歳だったギャングのメンバーで強盗の前科のあるポーターだった。銃も指紋も発見されなかったが、ポーターは起訴され、死刑の判決を受けて、一九八三年からクック郡刑務所に収監(しゅうかん)されてきた。
昨年九月、ポーターの弁護士は、教授を見込んで再調査を依頼したが、すでに注射による死刑が二日後に確定していたため、教授は時間不足を理由に断念。しかし「神は自分を見捨てなかった」(ポーター)。助命請願書を州知事へ送ったシカゴの有力聖職者をはじめ、ポーターの知的水準(知能指数五十一)を理由に執行停止を求める働きかけが実を結び、急遽(きゅうきょ)死刑の延期が決定されたのだった。
そこでプロテス教授は直ちにポーターの再調査を決定。学生五名が志願した。全員四年生である。悪くすると期末試験までに死刑が執行される可能性があった。文字通り時間との競争だったが、あたかも見えない何かが味方するかのように、ポーターの死刑執行はその都度、何度も延期された。
昨年十一月に学生チームが現場で犯行を再現した時、目撃者の位置からは犯人の顔が見えないことが判明。さらに目撃者の証言では犯人は左利きとされていたにもかかわらず、ポーターは右利きだった。この時点で、チームはポーターの無実を確信した。
学生たちは目撃者捜しに全力を注(そそ)いだ。翌月、検察側の証人が「警官に脅されて」ポーターを目撃したと虚偽の供述をしたと証言。次に刑務所で服役中のサイモンの甥(おい)から、サイモンが真犯人との証言を得た。ミルウォーキー在住のサイモンの元妻の居所を十二軒目でやっと突き止め、教授と私立探偵立ち会いで、この女性の別れた夫の犯行という証言をテープに収め、サイモンの自白へと漕(こ)ぎ着けた。
教授と学生の功績は今回だけにとどまらない。一九九六年には、白人カップルの集団レイプと殺人犯として収監されていた四名のアフリカ系の若者(内二名は死刑囚)を三名の学生の「再捜査」で十八年後に釈放することに成功。快挙は全米で注目され、教授は犯罪調査報道の第一人者としての定評を確立した。このまま幕が下りれば、めでたしめでたしの大団円であったが、事は意外な進展をみせた。
教授の依頼でミルウォーキーのサイモンの自宅を訪ねた私立探偵シオリノがサイモンの自白を引き出すため、偽の目撃者がサイモンの犯行と証言するやらせのビデオを見せたのが発覚。ゆきすぎではないかという報道倫理の問題が浮上した。全米一と言われた金権政治とマフィアとの対抗上、シカゴは手段を選ばぬ調査報道で有名であったが、現在では倫理重視が定着している。
一方、手段はともかく結果を重視すべきという、誤って有罪にされた二十五名の囚人を救った実績のある市民団体の支持もある。警官は捜査で容疑者を騙(だま)して自白を引き出すのに、なぜ私立探偵が「警察の常套(じょうとう)手段」を使ってはいけないのかと言うのである。
当のシオリノは、サイモンはやらせのテープを信じず、自白の決め手にはならなかったと主張。プロテス教授は自分ならしないと、長年の協力者である私立探偵の「方法」を適切とは認めない。大陪審で証言した教授や学生たちはテープとの関連について公には沈黙を守っている。やらせが市民を失望させたのは確かである。
検察は事件の再捜査に乗り出したが慎重である。この原稿の脱稿時点(三月五日)でポーターの無罪が確定した訳ではない。やらせのおかげで決定は少なくとも二、三週間は遅れるというが、ポーターの弁護士は大勢に影響なしと楽観的である。ポーターの仮釈放が引き金となり、シカゴでは州内のすべての死刑囚の再捜査が終了するまで、司法殺人になりかねない死刑執行の一時停止を求める世論がわき起こっている。(文中敬称略)(ジャーナリスト)
略歴 くりき・ちえこ ノンフィクション作家。1949年愛知県生まれ。ボストン大学卒。シカゴトリビューン、NHKを経て92年独立。現代アメリカ社会を主なテーマにする。著書に『ニュースペーパーウーマン』『ケネディの遺産』(ともに中央公論社)ほか。