

(1999年1月9日付)
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マスコミは権力による情報操作の道具か “人権敵視”の世論づくりに狂奔 |
あの弁護士がいると、裁判がやりにくい。何か〈事件〉にできそうな材料を探して逮捕できないか――。
もし、検察当局がこんな思惑から、公判で対決している弁護士の身辺捜査と逮捕を警察に指示し、警察がそれを実行に移したとしたら――。そんな権力乱用が許されれば、司法の公正は根底から崩れてしまう、とだれもが思うだろう。
ところが、今まさにその事態が現実に進行しているのに、多くの市民がその危険に気づかないでいる。
昨年十二月六日、警視庁は、オウム真理教「麻原彰晃」前代表の主任弁護人・安田好弘弁護士を旧住専に絡む「強制執行妨害」容疑で逮捕、東京地検は同二十五日、起訴した。
安田弁護士は、新宿バス放火事件、北海道庁爆破事件、名古屋・女子大生誘拐殺人事件など数多くの死刑求刑事件や冤罪(えんざい)事件で、緻密(ちみつ)な立証活動によって複数の死刑判決を覆(くつがえ)した実績を持つ有能で誠実な弁護士だ。法廷外でも「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」の中心メンバーとして、日本の死刑廃止運動の先頭に立って活動してきた。
「オウム憎し」世論の中、かつてない困難が予想される麻原裁判の国選弁護人を引き受けたのも、「死刑は当然」の風潮に抗して公正な裁判の実現を求め、死刑制度の是非を問いかけたいとの信念からだった、という。
いつも金にならないのを承知で困難な弁護を引き受け、被告の利益を守るために全力を尽くす。死刑廃止運動では事務所も無償で提供し、雑用も黙々とこなす。そんな安田弁護士の姿を知る人たちにとって、今回の逮捕が警察・検察の「積年の恨み」も含んだ政治的逮捕であることは、最初から明白だった。
十二月十六日、東京・霞が関の弁護士会館で開かれた不当逮捕緊急抗議集会には、弁護士百四十人を含む約五百人が集まった。
集会で渡辺脩・麻原弁護団長は、安田弁護士の会社再建指導にはいかなる犯罪行為の要素もなく、強制執行妨害には該当しない安田弁護士は、本件に関していかなる金銭も受領していないこれまでも事情聴取には応じており、逃亡の恐れなど、逮捕の必要性は全くない――と逮捕の不当性を指摘した。
そのうえで渡辺団長は、麻原裁判で、地下鉄サリンなど一連の事件を「麻原被告と実行犯の共同謀議の結果」とする検察側主張が、安田弁護士の緻密な論証によって崩れつつあり、安田弁護士が検察にとって「目の上のたんこぶ」になっていることを紹介。「今回の逮捕は、弁護団全員に対する警察・検察の直接的、積極的な攻撃だ」と強く批判した。
公判で対立する弁護士のかかわっている民事業務から適当な「容疑」をでっち上げて逮捕し、裁判から排除する。検察・警察がこんな暴挙に踏み切るには、今そうしても世論から批判されることはないだろう、との計算があったはずだ。
オウム裁判、和歌山ヒ素事件などで弁護士の当然の活動を敵視する風潮が広がっていることが、背景にある。「なぜ、あんな悪いやつらを擁護するのか」という非難が弁護士に向けられる人権敵視の世論。
そうした風潮を生み出しているのが、マス・メディアの報道姿勢だ。麻原裁判では、十二月三日に公判が百回目を迎えたのを契機に弁護団批判キャンペーンが展開された。
たとえば、十一月三十日付朝刊・読売新聞は、《進まぬ審理/遺族「生きているうちに判決聞けるのか」/警官起床時間まで確認/微に入り細をうがつ証人尋問》の見出しで、弁護団が細かい尋問戦術で意図的に裁判を遅らせている、との印象を与える記事を掲載した。
だが、起訴が十七件もあれば簡単に判決に至らないのは当然だ。むしろ二年半に百回の公判は通常の二〜三倍のハイペースであり、弁護団は法廷準備にへとへとになりながら、証拠に基づく公正な裁判の実現に全力を尽くしている。なかでも安田弁護士は裁判資料検討のため連日、事務所に泊まり込み、自宅に帰るのは週に一、二日という日々を過ごしてきた。
そんな誠実な弁護士も、メディアの手にかかれば、一夜で「悪徳弁護士」に仕立て上げられる。逮捕当日のテレビと翌日の新聞報道は、警察情報を鵜呑(うの)みにした犯人視一色で、不当な政治的逮捕の危険性を伝えたマス・メディアは皆無。さらに逮捕翌々日の各紙朝刊は、警察リーク情報で追い打ちをかけた。
《安田弁護士に4500万円/ス社から特別報酬/資料隠し指示と前後》(読売新聞)
《安田弁護士/犯行を終始指示/強制執行妨害事件/共犯容疑の社長に》(朝日新聞)
まさに「悪徳弁護士」を思わせる断定的犯人視情報が、メディア一斉に流された。
メディアはこれまで、「我々は権力チェックのために、実名報道している」と称し、結果的に報道被害を繰り返してきた。では、今回の報道も「権力チェックのため」だった? 警察情報に頼った犯人探しの特ダネ競争に明け暮れるうちに、権力チェックどころか、権力による情報操作の道具になってしまった――それが今の日本のメディア実態だ。
(ジャーナリスト)
略歴 やまぐち・まさのり 1949年生まれ。大阪市立大学卒。73年、読売新聞社入社。東京本社地方部、婦人部・生活情報部、情報調査部を経てメディア企画局データベース部に勤務。人権と報道・連絡会世話人。共・編著書に『無責任なマスメディア――権力介入の危機と報道被害』『男性改造講座――男たちの明日へ』ほか多数。