

(1998年12月26日付)
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監視・検証力の弱さ浮き彫りに 米国と比較して「第4権力」の機能果たせず |
今年、防衛汚職が相次ぎ発覚した。防衛庁・調達実施本部の背任事件や証拠隠滅疑惑、元幹部の事後収賄、更に防衛政務次官を務めた中島洋次郎容疑者の汚職事件……まさに泥沼的な事態である。「防衛機密」というベールに閉ざされた体質が事件の温床として指摘されているが、腐敗を監視すべきメディア側に問題はないのか――。国際政治・軍事アナリストで『ニュースを疑え!』の著書もある危機管理総合研究所所長の小川和久氏に聞いた。(野山智章記者)
――昨年九月、『毎日新聞』が防衛装備品メーカー四社による過大請求疑惑をスクープ報道してから一年余、国民の眼が届きにくい防衛分野で「政」「官」「業」が癒着(ゆちゃく)し、税金が食い散らかされていたことが明らかになった。これほど腐敗が進行するまでメディア側のチェック機能が働かなかった原因は何か。
日本のジャーナリズムが、民主主義のシステムにおける自らの位置づけを自覚していないなかで、この問題は生まれたと思う。
議会、ジャーナリズム、アカデミズムが納税者、国民の代表として期待されるのは、備わっている見識や高度の専門知識によって、あるときは政策を軌道修正したり、あるときは官僚機構に持てる能力を発揮させるよう、いわば調和的にかかわることができる点においてであろう。
その中でジャーナリズムが重要なのは、ジャーナリズム相互の間でも、議会に対しても、アカデミズムに対しても、検証の役割を担っていくからだ。
より自らの役割を自覚していれば、まず国民の生命・財産にかかわる、あるいは国家の存亡にかかわる重要分野である安全保障・危機管理について、マスコミ各社は組織を挙げて専門記者を育てていたはずだ。ところが、全国紙・主要テレビ局・雑誌を含めて、どこも組織として専門記者を育てていない。
今回の防衛汚職は、たまたま内部告発があり『毎日新聞』の報道が進んだが、本来はより高いレベルで検証できなければ民主主義の危機と言うほかない。
私は全国紙の論説委員との勉強会などで「防衛庁担当の記者は最低でも五年交代に」「しかも複数の記者にカバーさせるべき」と繰り返し提言している。新聞社の現状は、社会部と政治部から一人ずつ二年交代で当たっている。テレビ局では一年か半年で交代という場合もある。これは論外だ。
新聞の場合、優秀な記者が配属されるので、最初は軍事問題の素人でも、一年で一面トップの記事が書けるまでの取材力、調査力は身についてくる。しかし、残り任期一年は、防衛庁内局の官僚や制服組とぶつからないようにして、独自ネタをもらって紙面を飾り、“有終の美”をもって防衛庁記者クラブを卒業しようという心理が働く。
やはり五年間担当することになれば、きちんとした検証記事を書けなければ務まらない。防衛庁側と喧嘩(けんか)してでも特ダネを取れるような能力を備えるようになるだろう。そういう専門記者をきちんとプールしていれば、少なくとも今回のような問題は昔からチェックできていたはずだ。
――今回の事件を通して、安保・防衛・軍事問題における日本メディアの力量不足が露呈したように思う。例えば米国のメディアと比較して、何が不足しているか。
アメリカのジャーナリズム、とくに新聞は民主主義システムの中で一つの権力としての基盤は確立している。日本のジャーナリズムは、権力者を恐れさせる「第四権力」と呼ばれるほどの力も、国民の信頼も、得ることができていない。
またアメリカで、新聞に比べランクは落ちるとされているテレビでも、ニュースのアンカーパーソン(キャスター)の一言で大統領が進退を考えるような重みがある。
ベトナム戦争のさなか、CBSニューズのウォルター・クロンカイト氏のひとことで、ジョンソン大統領は再選出馬を断念した。このような重みは残念ながら日本のテレビ・ジャーナリズムにはない。
アメリカの場合、テレビも現代史を編んでいく当事者としての自覚、歴史の証人としての使命感が明確である。それはまた、ジャーナリズムに携わる人が、知識人として持っている使命感でもある。
湾岸戦争を例にとれば、CBSニューズにしても、純粋に部内用の記録、つまり歴史として『ガルフ・ガゼット』と題した全四巻からなる膨大な記録集をまとめた。これは一時間刻みの情報が記された二十五セット限定のもので、百万レもの費用をかけている。
こういうものが核としてあって、そのまわりに報道の商品がある。しかも放送される“生”のものばかりではなく、ビデオや印刷物でも視聴者・市民に提供されている。アンカーパーソンの発言の重みを支えるのは、厳格な姿勢で記録を残そうとするシステムだ。
――日本の防衛装備について民主的なプロセスが働いていないことは問題である。マスコミ報道は防衛汚職の本質をミスリード(誤導)していないか。
落としどころとしては、国会に会計検査機能も含めた防衛政策のチェック機能を持たせるべきだろう。
会計検査院は、憲法で内閣から独立した検査機関とされているにもかかわらず、霞が関の官僚機構に飲み込まれている。日本にもアメリカ議会の付属機関である会計検査院(GAO)のようなものが欲しい。
本来、会計検査院には戦略評価の能力も必要だ。GAOは、米軍の攻撃型原子力潜水艦ロサンゼルス級の後継艦開発計画に対し「戦略的に意味がなく無駄遣い」とする報告書を出した。日本の会計検査院はGAOのような役割を与えられていないから、こうした指摘はできない。防衛費の無駄を見抜く能力がいつまでたっても育たない。
一例を挙げれば、日本の場合、航空自衛隊の各基地の指揮所、燃料貯蔵施設などが地上にむき出しになっているため、基地が攻撃を受けるとたちまち防空システムが働かなくなる。本来だったら、戦闘機の購入機数を減らしても、指揮所などを地下にする基地整備を先行すべきだった。
更に、今回の防衛庁背任事件で明らかになったが、会計検査院が天下りで防衛庁側の世話になっている。これでは不正を摘発できるはずがない。「官」同士で持ちつ持たれつを当たり前だと思ってきた検査院側の態度は問題だ。アメリカのGAOのように国会の付属機関に移すしかない。
略歴 おがわ・かずひさ 1945年熊本県生まれ。陸上自衛隊航空学校などで航空機整備を学び、同志社大学中退後、鳥取の地方紙『日本海新聞』で司法・労働・教育・県政を担当。『週刊現代』記者を経て84年、日本では初の軍事アナリストとして独立。著書に『戦艦ミズーリの長い影―検証・自衛隊の欠陥兵器』『湾岸危機の教訓』『頭脳なき国家の悲劇』『ヤマトンチュの大罪』など多数。