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寄稿論文

メディアのページ


報道という名のリンチ

輿掛 良一
大分「みどり荘事件」冤罪の被害者

(1998年11月21日付)




植えつけられたイメージは回復できない

メディア変革のための人権闘争

創大祭マスコミ研究会の講演会から

 創価大学の学生サークルであるマスコミ研究会が、第二十四回創大祭で「報道という名のリンチ――メディア変革のための人権闘争」と題する講演会を開催した(十一月二日)。ここでは、大分「みどり荘事件」の冤罪(えんざい)を晴らした輿掛(くつかけ)良一さんの講演要旨を紹介する。(野山智章記者)

「逮捕=真犯人」と決めつけるマスコミ

 大きな事件が起きて容疑者が逮捕されると、マスコミは朝から晩まで同じ事件を報道し続けます。しかし時が過ぎて判決が無罪になり、裁判でおかしな点が明らかになってもマスコミは報道しません。

 一般の人はテレビや新聞で逮捕報道に接すると「逮捕イコール真犯人」という印象を受ける。毎日、テレビや新聞で報道されると不思議なもので、いかにもその人のことをすべて知っているように感じます。

 私の場合、当時の新聞やテレビは、私が緊張した逮捕直後の顔写真を何回も流すんですね。凶悪犯のイメージ、事件と結びつく写真しか使ってもらえないんです。そうしたことで、地元の人は私を犯人だと見ていた。

 平成七年六月三十日、福岡高裁によって無罪判決が言い渡され、無実を晴らすことができました。この判決では、一審判決で有罪とされた自白の問題点、私の傷や毛髪の鑑定等、すべてを否定してくれました。そしてDNA鑑定はもちろん否定されました。その上で裁判所は真犯人は別にいるという、そういう認定までしてくれました。

 無罪判決と同時にマスコミ報道が変わり、顔写真は私の笑った表情の写真を使いだしました。無罪判決ですから、それに沿った内容を書かざるをえなくなったんです。 

誤報、虚報を謝罪しない無責任な姿勢

 私は犯人でもないのに犯人とされ、十三年間も拘置所に収容されて、これまでの人生の三分の一を失いました。しかし、警察、検察、あるいはマスコミ、どこからも謝罪はありません。後に、私の支援者が県議会でこの問題点を追及してくれた。しかし、県警本部長の談話は「捜査は適正に行われていた」の一言でした。

 いまだに私と接することのない人の中に、テあの人は無罪になったけど本当はやってるんじゃないかトという誤った考えが続いています。これは、マスコミと警察が私に対して謝っていないから、こうした問題が起きているんです。

 また警察は、被害者の家族にどう報告をしたかというと、電話一本で済ましている。「証拠がありませんでしたから無罪判決がでました」。それしか伝えていない。一審当時、被害者の家族は、私を犯人だと思い怨(うら)んでいた。そして怨むことによって家族は生きてきたそうです。それが「輿掛が無罪になったら今後どうやって生きていけばいいのか」と、ある新聞記者に訴えていたそうです。

 ですから、この「みどり荘事件」には二つの被害者がいるんです。殺された被害者とその家族はもちろんですが、冤罪に苦しんだ私と私の家族も被害者なのです。

報道被害の酷さ踏まえ体質の改善を

 これからのマスコミに求められるのは、報道被害について真剣に考えていくことだと思います。

 例えば私の場合、犯人の親・親戚ということで、私の姉も離婚させられました。母は名前が珍しいからと自宅の表札を最初は旧名にもどし、また、世間の目が危なくなったら片仮名の「クツカケ」という表札を出さざるをえなかった。そして嫌がらせの電話があり、電話番号を変えたそうです。そうしたことは保釈になって初めて家族から聞きました。

 私は、「いったん植えつけられた犯人というイメージは個人でなかなか払うことはできない」ことを知ってもらうために話しているんです。

 ロス疑惑、松本サリン事件など、当時報道されたことは、無罪判決が出たり、無罪ということが分かっても、世間の受け止め方、犯人というイメージはなかなか払拭(ふっしょく)されない。

 一連の和歌山の事件報道にしても、松本サリン事件の報道被害者である河野義行さんに対して謝罪した教訓を、全く生かしていないと思います。マスコミはどこに冤罪報道の教訓を生かしているのか。現在の加熱した報道ぶりを見ればいかに反省がないかが分かります。



<「みどり荘事件」とは> 
高裁で逆転無罪/当番弁護士制度の契機に

 大分市で一九八一年、女子短大生(当時十八歳)がアパート「みどり荘」の自室で殺された事件。輿掛さんは殺害された短大生の隣室に住み、殺人容疑などで逮捕された。大分地裁は、捜査段階の自白調書や科学鑑定の結果などを根拠に無期懲役の判決を下した。

 しかし控訴審では、自白の強要や科学鑑定のずさんさなど捜査の問題点が次々に指摘された。なかでも、DNA(遺伝子)鑑定の権威とされた大学教授が部下にまかせて作業に加わらないまま鑑定書を出していたことが分かり、鑑定の誤りを認める異例の展開をたどった。事件発生から十四年後の九五年六月、福岡高裁は自白調書や鑑定書の信用性を否定し、逆転無罪を言い渡した。

 輿掛さんは逮捕後、捜査員に「被害者の部屋からお前の指紋が出た」と嘘を告げられ、親に面会させることを条件に捜査員がねつ造した調書に署名したとされる。大分ではこの事件を教訓に九〇年、弁護士が当番制で常時待機し、被疑者や家族、知人からの求めに応じて警察署や拘置所に接見に出向き、無料で法律相談に応じる「当番弁護士制度」が発足。その後、急速に全国の弁護士会に普及した。



取材メモ

 権力を監視し市民の人権守る責重く

 会場で配られた資料の中に、逮捕当時の地元紙の記事コピーがあった。そこには「ムッツリした犯人・輿掛」との見出しとともに、手錠を掛けられた“連行写真”が。

 また、逮捕八日後の紙面には「女子短大生殺し 輿掛やっと自供」「私に間違いない 恋人とけんか…カッと」との見出しがおどっていた。まざまざと報道の罪深さを痛感し、輿掛さんの話を、滝に打たれる思いで聞きいった。

 この日の講演会には同志社大学の浅野健一教授も登壇。「刑事事件にかかわる新聞、放送、雑誌の最大の問題は捜査段階で犯人探しをしてしまうこと。被害者の感情に左右されない冷静な裁判報道が必要だが、現状は“少年探偵団ジャーナリズム”だ」と、テーマである「報道という名のリンチ」の横行に警鐘を鳴らした。

 輿掛さんを追いつめ、甚大(じんだい)な被害を与えた報道であるが、輿掛さんを救い出す力になった一人のジャーナリストの仕事についても講演で紹介された。

 この事件の真相を『〈冤罪〉のつくり方』(講談社文庫)にまとめた小林道雄氏の活動である。同書のはじめに「マスメディアは、読者の関心を満たす『いけにえ』として捜査当局の意図的な発表をそのままに彼を犯人視する報道を続け……」と。

 本来、権力を監視し、市民の人権を守るべき報道の責任は重い。