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寄稿論文

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経済ジャーナリズムに問われるもの

遊佐 雄彦
ジャーナリスト

(1998年10月24日付)




真摯な姿勢と庶民に向けた情報発信を

常識の枠超えた優良企業の記者接待


深刻な消費不況で

 深刻な消費不況のさなか、日本経済新聞が部数を着実にふやし、三百万部にせまる勢いだという(八月度、二百九十八万部。うち東京圏百七十五万部。ABC調査)。先が見えない時だから確実な情報をえたい願望が強く、広くなっているからだろう。逆に朝日新聞は五万部減って八百二十二万部とか。高校野球の八月は増える時なのに、よくわからない。

 実のところ目下わたしは朝日も日経も購読していない。「経済」にシロウトを自負している。日本人の誰もが経済に無関係ではないのに、その大多数は専門家の指南を受けずに生活できている。バブルさなかを思い起せばプロの託宣に乗せられなかった方が正しいようなのである。

 よくも言ったり「ジャパンアズナンバーワン」(一九七九年、エズラ・ボーゲル)、「日米逆転―成功と衰退の軌跡」(一九八八年、クライドVプレストウィツ)……外人サンに持ち上げられて「政治は二、三流だけれど、経済は一流」という記事・論説を何度読まされたことか。庶民「経済」を生きているだけのわたしには「そんなものなのかしらん」と実感なしにマル飲みした。

 しかし、経済でノーベル賞を一度も貰(もら)ったことのない日本が経済でナンバーワンなんてオカしいとは思っていた。

 破綻がみえたのは住専こと住宅金融専門会社からであったが、朝日新聞は「論壇」に二回も日本住宅金融社長・庭山慶一郎氏を登場させる不見識をやってのけた。「諸悪の根源はドル高誘致のプラザ合意(一九八五年)にある」という主張だったと記憶している。大蔵省の高級官僚だった庭山氏が創立(一九七一年)したサラリーマンの住宅ローン専門会社第一号の日住金は、潰れるまで同氏が社長だったというのも凄い。

野村証券の不祥事

 不祥事を挙げだしたら切りがないが、野村証券の時にわたしが感じた最大の疑問は「経済部記者は何をしていたか」であった。内部告発者・大小原公隆(元課長代理)氏の「手記」(月刊「創」誌十月号)によれば、読売、朝日、毎日など十五社の記者に接触したけれど、最初に取り上げてくれたのは北海道新聞だったという。それもプロの経済記者ではなく、社会部記者とか。

 実名を控えるが、経済記者の中には情報公開どころかデスクにも内緒という記者もいた。わかりにくい経済システムに、ほとんど素手で挑む社会部記者がロッキード事件のとき「政治」にメスをいれたのと同じ苦労が偲(しの)ばれる。

 あえて言うなら、企業や金絡みの部署では記者も堕落しがちなのだ。いまでこそ自粛ムードだが、NTT、KDD、資生堂、サントリーなど優良企業の記者接待は、常識の枠をはるかに越えるものだった。

 新車の発表会、カーレース、航空会社の新ルート開設なども「取材」名目での海外接待旅行を伴った。それに付き合わないと、上司が企業トップとツーカーだったりして担当を外された例もあるから、油断ならないばかりか記者クラブで疎外の憂き目にあう。かくて、「野村担当は野村の悪口を書けない」必然性まで生まれる。

 ところで、つい最近、奇妙なニュースが入ってきた。ゲーム理論でノーベル経済賞をとった学者二人を擁するアメリカの投資会社LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が、あろうことか大失敗をやらかし倒産寸前。三十六億レの銀行支援があったという。

 サルも木から落ちるから経済はむずかしい。というより、これは日本型として返上させられた“護送船団”方式そのものではないか。わずか数日で十四行が救済を決め実施してのけている。専門家がだんまりはないと思う。

個人貯蓄千200兆円

 デリバティブとかフューチャーとかヘッジファンドの世界であるが、わたしのように株券を一枚ももたない人間には全く無縁。

 いまこそ節約、利率ゼロに近くても貯金しかない。消費税が三%に戻るまで金目のものは一切買うまい。戻らなければ、それまでだ。

 わたしと同じ思いのひとたちが千二百兆円の「個人貯蓄」をなしているのではないか――このところ消費税に言及しない政治・経済のプロに改めて不信感をいだく。

 年金や福祉の削減を政治日程にのせようとするなら、なおさら「個人貯蓄」は崩れまいこと。行き詰まっているのはプロの方々なのである。

 またも、外人サンの意向にしたがうのだろうか。経済ジャーナリズムに今、問われているのは真摯(しんし)な姿勢。基本を押さえた「庶民」に向けた情報発信につきるのではないだろうかと思える。(ジャーナリスト)



略歴 ゆさ・かつひこ  1935年福島県生まれ。埼玉大学卒業。東京大学新聞研究所中退。読売新聞記者を33年11カ月勤める。退職後、埼玉大学教養学部講師などを歴任。日本ペンクラブ会員。著書に『ヒラ記者25年』『人生の残高があるうちに』ほか。