![]()
(2006年11月14日付)
内幕を暴露、米社会で論争に |
ウォーターゲート報道で「伝説の記者」となった「ワシントン・ポスト」紙のボブ・ウッドワード記者の新著、『ステート・オブ・デナイアル(否定の状況)――ブッシュの戦争 第3部』(State of Denial: Bush at War,PartV)が、中間選挙の終盤戦に出版された。
「ブッシュ大統領はじめ政府高官たちは対テロ戦争・イラク占領政策で国民に真実を語ってこなかった」との問題提起は、現政権のイラク政策の失政を追及した民主党にとって強力な追い風になったことだけは間違いない。
米国防総省が発表したイラクでの10月の米兵死者数は105人(100人台になったのは05年1月以来)と急増、ブッシュ政権の楽観論とは裏腹にイラク情勢が一向に改善されていないことを浮き彫りにした。03年3月19日のイラク侵攻以来、戦死した米兵は2815人。これだけの犠牲者を出してなお出口の見えないイラク。
舞台裏では「いったい何が起こっているのか」と疑問に思わぬ米国民はいない。これについて政権内部の動きを他の追従を許さぬ取材力で追及、それを基に達意の文章で織り成す衝撃の作品――というのが宣伝文句といったところだろうか。
新著は、ウッドワード氏にとって、ブッシュ政権の反テロ戦争を扱った暴露本としては、『ブッシュの戦争』(Bush at War)、『攻撃計画』(Plan of Attack)に次ぐ3作目。
最初の2冊は売れには売れたが、一部では、その内容がブッシュ大統領の言い分ばかりを強調、重要な疑問点についてははぐらかしたとの批判を浴びていた。
しかもその後、ウッドワード氏がCIA工作員名漏洩に間接的ながらかかわり合いを持ったとの疑惑が浮上、同氏にとっては新著は渾身の力を込めた名誉挽回を狙った力作といえる。
新著の中で一番注目されているのは、イラク情勢が一向に好転しない理由として、政権内部では軍制服組の助言を一切無視する「傲慢な」ラムズフェルド国防長官を、将軍たちがあからさまに批判しているくだりだ。
そのことはメディアも断片的に報じていたが、新著では、これにたまりかねた大統領側近、カード首席補佐官がラムズフェルド解任を大統領に進言、その後任に父、ブッシュ元大統領の側近のベーカー元国務長官を推薦していたことを暴露している。これにチェイニー副大統領が真っ向から反対、ラムズフェルド長官の留任が決まったという。
もう一つの注目点は、9・11同時多発テロについてブッシュ政権の側近たちは事前に警報を受けていたにもかかわらず、これを握りつぶしていたのではないか、という疑惑だ。事件発生の2カ月前、01年7月10日にライス大統領補佐官(当時)とテネットCIA長官、それに国務省テロ対策責任者のコファー・ブラック氏とがFBI情報を基に、イスラム過激派グループによる対米テロ攻撃の可能性について協議していたというのだ。
これまで同7月10日には、アリゾナ州フェニックス勤務のFBI職員がFBI本部にビン・ラディンが工作員を米国内の航空訓練所に送り込む計画をしている、との情報を報告していたことや、同年8月6日付の大統領に毎日届けられる極秘メモに、「ビン・ラディンが対米攻撃をする可能性あり」との情報があったことは明らかになっている。
が、ライス補佐官、CIA長官らがテロ攻撃の可能性について協議していたとの情報はなかった。ライス国務長官はこの事実を否定、「9・11テロの遠因はクリントン前政権の怠慢にある」と激しく反発している。
その他、興味深いエピソードを二、三拾い出してみると、2000年6月、当時テキサス州知事だったブッシュ氏が家族ぐるみで付き合っていたサウジアラビア駐米大使のダンダール・ビン・サルタン王子に対し「なぜ北朝鮮なんかのことを心配せねばならないのか」と聞いているくだり。ブッシュ氏がいかに極東情勢に疎いかを示すエピソードだ。
また、イラク戦争以後の米戦略を練る上で、ブッシュ政権の要人が軍事歴史専門家に第2次大戦後、日独の軍隊をどのように解除し、占領下でどう利用したかについて徹底分析するよう命じている点も、イラク占領政策を考える上で面白い。さらにブッシュ大統領が頻繁にキッシンジャー元国務長官に会ってイラク政策について助言を得ているのも新たに出てきた「事実」だ。
ウッドワード氏の新著について、ホワイトハウス報道官は「ゴシップだらけの作り話」と一蹴、悪役を一手に引き受けたラムズフェルド長官は「コメントする価値もない」と吐き捨てるように言っているが、動揺は隠せない。
概して好意的な書評を載せているマスコミの中で、「あたかも極秘の協議に筆者が同席したかのようにつづる手法が果たしてジャーナリズムかどうか。これは明らかにその域を超えた、創作の世界に属する」(「カンザスシティー・スター」紙の書評担当B・ノートン記者)といった手厳しい批判もある。
書かれていることが真実かどうか、チェックする手立ては今はなく、ウッドワード記者のクレディビリティー(信頼性)に頼る以外にない。
(米パシフィック・リサーチ・インスティチュート所長)
略歴たかはま・たとう 1941年、東京都生まれ。米カリフォルニア大学(バークレー校)卒。67年、読売新聞社入社。ワシントン特派員、政治部次長、主任研究員等を歴任。95、97、98年に、母校のジャーナリズム大学院客員教授、上級研究員。99年から現職。著書に『アメリカの歴史教科書が教える日本の戦争』『捏造と盗作』など。