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寄稿論文

メディアのページ


放送されたテレビ映像−−国会図書館で保管・公開を

公明、平和、改革「報道と人権問題プロジェクトチーム」小渕首相に要望書を提出

(1998年9月12日付)




報道被害の解決へ画期的な一歩

生の映像資料は市民のメディア監視の権利を担保


小渕首相に要望書を提出

報道番組やワイドショーなどによる報道被害が深刻化している。この救済にあたってネックになる問題は、侵害されたプライバシーや人格権を回復する際の“証拠”となる映像資料の確保が困難なことであった。これを改善するため国会図書館に、テレビで放映された映像の保管を求める要望書が去る八月二十八日、小渕首相あてに提出された。放送メディアの質の向上にどうつながるかを検証した。(木村隆志記者)

 さまざまなメディアのなかで、テレビなどで放映された映像は記録に残しにくい。始終、ビデオテープで録画しているわけにもいかないからだ。仮に放送された映像が人権侵害を行ったとしても、強烈なイメージだけを残し、一瞬のうちに消えてしまう。確かに、放送したテレビ局は録画テープを保存しているであろう。しかし、視聴者が当該番組をチェックすることは、実際上極めて難しい。

 続発するテレビ放送の人権侵害に鑑(かんが)み、昨年六月、NHKと民放連が主体となって「報道等権利に関する委員会機構」(BRO)を設立。放送界初の自主規制機関として注目され、本紙でも何度か紹介した。

 しかし、審理第一号となった米国カリフォルニア州の大学教授殺人事件の報道被害者、斉藤静江さんは、放送局から資金が出ているため、“第三者機関”と称しても実際はメディア側BROのスタッフもすべてメディア出身者――といった問題点を指摘し、その構造上の限界を憂慮。これを改革するためには、オンブズマン制度の創設と並び、「国会図書館でテレビ局のVTRの公開」を挙げている。

 この第一号の審理で、“人権侵害の垂れ流し放送”“やったもの勝ち”の構図を崩すために、BROがまだ十分な機能を備えてはいないことが浮き彫りになった。いずれにせよ、放送された映像を保管する独立・公正な機関が、いままでまったく存在しなかったことが、視聴者の側を不利な立場に置く最大の要因だった。

 今回の要望書は公明と新党平和、改革クラブによる「報道と人権問題プロジェクトチーム」(太田昭宏座長)が出したものである。同チームは報道被害を未然に防ぐとともに、被害者の救済を図るための方策をめぐり、報道被害を受けた人々、学識経験者、法曹関係者らとの意見交換や調査・検討を重ねてきた。今回の要望書は、その政策行動の第一弾となるものだ。

 正式名称は「国立国会図書館における映像資料の保管並びに閲覧制度の新設を求める要望書」。

 内容はまず、松本サリン事件や米国カリフォルニア州の大学教授殺害事件を例に挙げ、「不適切なテレビ報道によって人権等が著しく侵害されたとの被害者の訴えが増加」していると報告。現状は「安心できる市民生活を脅かしているだけでなく、健全で信頼できるメディアの発展のために憂慮すべきもの」としている。これを招いた要因は「放送された内容を検証のために後日視聴することを望んでもその実現には困難が多い」ので、「被害救済の道が閉ざされる」と指摘している。

 こうした事態を防ぐため、「国立国会図書館に国内のテレビで放映された主要な映像を長期間にわたって保管し、誰(だれ)もが自由に視聴できる制度」を提案したものだ。

 同チーム内でこの問題に取り組んできた平和・改革の富田茂之、上田勇議員は「報道被害は社会全体の問題。超党派で、広く呼びかけたい」と、その意気込みを語った。

 言うまでもなく、権力監視がメディアの使命である。逆にメディアを監視するのは誰か。決して権力側ではない。それは本来、市民の手に委(ゆだ)ねられるべきなのである。生の映像の保存・公開は、市民のメディア監視の権利を担保するにちがいない。

 今回の要望書のような制度は世界にも例がない。実現、運用に至れば、放送メディアの状況とともに、市民の放送メディアに対する意識も、徐々に変化を起こし始めるだろう。メディア責任制度への大きな一歩となる。切に、実現を望みたい。

「国立映像資料館」の設立を訴えてきた同志社大学・渡辺武達教授の談話

 今回の要望書については、メディアの社会的位置づけと質的向上がはかられ、結果としてメディアの市民主権社会建設のための基礎資料の提供という意味で大きなステップが踏み出された、と評価している。

 これが運用されれば、メディア側はセンセーショナリズムと娯楽への偏重を是正せざるを得なくなるし、市民の側もメディアとの対話を促進させることができるだろう。双方のメディア・リテラシー(情報を読み解き、メディアを使いこなす能力)は向上するにちがいない。

 ただ、これらの映像記録を商業利用しないこと、また市民のプライバシー侵害や、裁判所・警察などが他目的に悪用しないよう警戒することが必要だ。

 将来的には上部機構に、独立司法行政委員会としての「日本マスメディア委員会(仮称)」を設置し、日本のメディア全体を市民主権に構造改革していくことが望ましい。