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(2006年9月19日付)
釉薬をかけず、良質な陶土をじっくり焼き締める備前焼は、多くの人が愛用している焼き物である。備前焼の千年に及ぶ長い伝統を継承しながら、創造的な作品を作り続けているのが、陶芸家(人間国宝)の伊勢■<山に立の下に可>淳さんである。備前市伊部の自宅を訪ねた。(聞き手・藤原広記者)
――お父さまに師事されたということですが。
朝起きたら、父親は仕事をしていましたし、夜は食事をしているときも座敷に小さいろくろを置いて仕事をしていました。一歩家を出ても、町は焼き物の町。そういう中で育ちました。
この世界は教えてもらうという世界ではないのです。もちろん基礎的な技術は、ある程度教えてもらわないと分かりませんが、ある程度の技術が身に付くと、自分で自分の道を探していかなくてはならないのです。
父親から一番学んだことは「創造性」です。自分で自分のものを新しくクリエイト(創造)していく力を身に付けないといけない、ということ。作陶のうえで、本質的なものはつかんだとしても、それから先は独創性を持って作っていかないと作家としてはよくないわけです。
父はそのことを口に出しては言わなかったのですが、その姿を見ていて、直感で分かってくるわけです。
焼き物の場合は、まず「素材」があるのです。備前焼なら備前の「土」があり、それを加工する「へら」や「ろくろ」「窯」という道具がいるわけです。そしてそれらを使いこなす「技術」がいる。
しかし、技術は一挙にできません。長年積み重ねていくうちに、あとから付随してくるような性格があります。
それらがあって、その最後に、作り手の「アイデア」という発想があって、初めてものが生まれてくるわけなのです。
へらでも市販のものを使うだけでなく、自分で考えて作るようにする。
土も、業者から買ってくるだけでなく、日頃からあちこちの山や水田の土を買い集めておいて、その土に合った形を作るようにする。そうでなければ画一的なものになって、そこからは創造性が出てこないのです。
――備前焼は、素材の土の質感を生かしていると思いますが。
日本人は自然に対してとても敏感です。四季の変化に対して、例えば桜の美しさや雪の降る美しさなど、自然の中のさまざまな美を発見していく。そういう独特な才能を日本人は持っている。よく日本人はものまねが上手だと言われますが、ものすごく創造性に富んでいると思います。
文学では、例えば『源氏物語』です。今で言えば、ノーベル賞クラスでしょう。芸能にしても、世阿弥はすぐれた作品を残している。
西洋は合理主義的なところがあって、庭園などを見ると人工的な庭園が多い。日本の場合は、昔から自然を生かした庭をつくっているでしょう。それは共存していく知恵があったのと同時に、自然を楽しみ、美しさを見つけていく――日本人はそういう感性を身に付けていた気がします。
それは工芸品を見るとよく分かるのです。木工にしても、染織にしても、素材の良さを生かして着物を作り、製品を作る。焼き物も同じです。備前焼も自然の素材を生かす日本人の美意識が作りだしたものです。
――伊勢■<山に立の下に可>先生の作品に、伝統と現代性、世界性を感じます。
私は、風土というか、土地柄、そういったものの中からものを生み出していくことが大事だと考えています。
自然は常に古くて、常に新しいものなのです。人間が変化すれば新しく見える。自然は変わらないでずっときているのだけれど、見方によって新しい面も見つけることもできる。常に古くて常に新しい自然に、どういうふうに対峙して見ていくか――。
備前焼は、昔から周囲の土を掘ってこねて、周辺でとれた薪で焼くという、素朴な技法をずっと1千年以上も続けてきています。
焼き物の世界は、備前焼だけに限らず、縄文土器の時代から、土を掘ってきてこねて焼いて作っている。同じ格好をして、同じような生活をいまだに続けているわけです。そういう古い技法の中で、自然と向き合って、今の人間の生活の中から生まれてくる感性を加味して、今の作品を作っているのです。
ある意味では、焼き物とか美術、文学、宗教――そういうものは実生活ではあまり必要でないものかもしれません。
しかし、それがないと人間は精神的に豊かに生きていけない。だから、逆に言えば非常に大事ものなのです。人の精神に語りかけ、感動させるのが芸術です。人を感動させるということは生きる力を与え、勇気を与える力を持っているということです。
――ロシアの文豪ドストエフスキーが「美は世界を救う」という言葉を残しています。
美は人間の精神に大きな影響を与えるから、本当に大事なものです。
しかし、きれいと美とは違います。美というのは、言い換えればバイタリティーや生命力と一緒のものです。そこが芸術の力なのです。美とは生命力ということです。
――ものつくりの場合、多くの人の手が掛かっています。
ものを作るというのは、粘土にしても、割り木にしても、窯にしても、自分で作っているわけではありません。土は人に掘ってきてもらい、割り木は人に取ってきてもらう。ろくろは工場で作ってもらい、窯焼きは何人かに応援してもらっています。1から10まで全部自分でやっているものではありません。
自分の感覚と、体を通じて、社会の力が焼き物を作らせてくれているのです。これは焼き物には限らないでしょう。
だから、これは全部私の作品です、というようなものではないのです。今は作家の名が表に出ているので錯覚しがちですが、昔のものは全部無名です。
作品は社会が作らせてくれている――それを深く認識していないと思い上がりが生じてくるのです。
略歴いせざき・じゅん 1936年、陶芸家・伊勢■<山に立の下に可>陽山の次男として、岡山県に生まれる。岡山大学卒業後、父について兄・満とともに作陶生活に入る。61年、半地上式穴窯を築窯、初窯を出す。2004年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に。レリーフでは、岡山市役所玄関、清心学園百周年記念館、神戸商科大学玄関ホール、新総理官邸などの陶壁を手掛ける。金重陶陽賞、岡山県文化賞など受賞多数。