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(2006年9月19日付)
シー・パワー勃興の根源に“精神の力” |
現代世界でスーパー・パワーの地位を誇るアメリカ、“近未来の超大国”を予感させる中国、台頭するインド、ロシア……。これらの国々の狭間で、日本および日本人は将来の展望をどう獲得すべきか――。『海からの世界史』(角川選書)の著者である宮崎正勝・北海道教育大学教授にインタビューした。(聞き手・野山智章論説委員)
――世界史を動かした「海の覇権」の源泉ともいうべきシー・パワーとはどういうものですか?
単純に、「海軍力」とは考えていません。通商・海運力など総合的な力量と世界秩序の形成能力を指します。「大航海時代」以降、このシー・パワーの勝った国が覇権国家になっています。それが、ポルトガル、スペインであり、オランダであり、“太陽の沈まない帝国”として七つの海を支配したイギリスでした。
最近の学説では、近代の資本主義経済そのものも、大西洋交易の中から生まれてきたとされています。プランテーション(大規模農園)が盛んにつくられ、砂糖のような商品作物が大商業圏を生み出したのです。また、インドから綿布が市場に持ち込まれ、イギリスが大量に機械生産するようになります。いわゆる産業革命です。
こうした商品作物や工業製品を流通させるために、イギリスなどは鉄道や蒸気船のネットワークを世界中に張り巡らせて、地球をつくりかえてしまいます。それが近代におけるヨーロッパ台頭の軸になるわけです。このシステムとネットワークは今日も存続していますから、基本的にはアジア・アフリカは今でも従属的な地位に置かれているわけです。その後、第1次大戦でヨーロッパの国同士が対立して地盤沈下し、今度はアメリカが覇権国家になりました。
――まさに「アメリカの世紀」としての20世紀の到来ですね。
アメリカは没落したヨーロッパに代わって覇権を握っただけではなく、情報伝達とか、効率のよい輸送技術を開発して新システムを作り上げました。飛行機産業やコンピューター、インターネット……。海運で言うと、コンテナ輸送もアメリカから始まったものですし、冷凍・冷蔵食品を循環させるシステムもそうです。
アメリカは第2次大戦後、経済力を背景に、世界規模でかつての<鉄道と蒸気船のネットワーク>をはるかにしのぐ新しいネットワークを作り上げています。それがアメリカのパワーの源泉であり、スーパー・パワーの地位を確立する背景になっています。しかし、アメリカの世界戦略が世界各地で摩擦を生み出しているのも事実です。
――従来の「戦略論」「地政学」などの狭い枠組みにとらわれない斬新な着想ですね。
アメリカのつくり上げた<新しい輸送・通信技術>には汎用性があり、必ずしもアメリカだけのプラスにはなりません。事実、中国、インド、中東など、かつては世界の歴史を動かしていた地域が、この新しいシステムを使って再び大きな力を持ちつつあります。
アメリカの学者ハンチントンが『文明の衝突』という本を書いていますが、たぶん今は、「歴史の復権の時代」なのです。アメリカとヨーロッパは今までのイニシアチブ(主導権)を何とか保ちたいと思い、他方、かつて世界の歴史を動かしていた諸勢力は自らの復権を果たしたいと考えています。ポジション争いの現象が急激に起こっているのです。そういう意味で現代は、せめぎ合いの時代のように思われます。
――『海からの世界史』で印象的なのは、シンドバッド、コロンブス、さまよえるオランダ人という三つの題材に言及する中で、信仰心について強調している点です。
大洋を安心して航海できるようになったのは、つい最近のことです。海はまさに自然そのものなのです。実際、船に乗ってみると分かるのですが、海運の盛んな現代でさえ、大海に出てしまうと周りに他の船の姿はほとんど見えなくなります。まして帆船の時代にあっては、風がまったく吹かないとか、嵐に巻き込まれるとか、不安な要素がたくさんありました。
よほど強い精神力がないと航海はできません。確信というか、そういうものがないと乗り切れないのです。そこで何が支えになったかというと、シンドバッドの場合にはイスラム教、コロンブスの場合にはカトリック、オランダ人の場合にはプロテスタントの信仰だったのです。
<第6章に、「オランダの海上覇権を築き上げたのは、勇敢な船乗りだった。いくら条件が揃っていても、勇敢な船乗りがいなければ時には大時化となるオーシャンに覇を唱えることは不可能である。人生を神が人間に課す試練と考え、人生を荒海の航海にたとえたオランダ人のたくましい信仰心が勇敢な行動を支えたのである」と>
シー・パワーが勃興する契機として、例えば「黄金の国・ジパング」との通商を求めるというような世俗的な野望もありましたが、それだけでは続かないものです。困難を乗り越えていく“精神の力”の裏付けなくして「海の覇権」はあり得ませんでした。今は科学の時代で、信仰心がなくなった分だけ、人間が「現実の海」でさまよってしまっている面があるのかもしれませんね。
略歴みやざき・まさかつ 1942年、東京生まれ。東京教育大学文学部卒業。筑波大学附属高等学校教諭、筑波大学講師などを経て、現職。専攻は、前近代の国際交流史、世界史教育、社会科教育学。著書に、『イスラム・ネットワーク――アッバース朝がつなげた世界』(講談社選書メチエ)、『鄭和の南海大遠征』(中公新書)、『ジパング伝説――コロンブスを誘った黄金の島』(同)など多数。