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寄稿論文

「8月ジャーナリズム」の耐えられない軽さ

(ジャーナリスト・川邊克朗)

(2006年8月29日付)


目に余るテレビ局、出版社系の所業

面白おかしく「歴史」捏造



新聞も時代感覚に著しいズレ

 8月15日、時折、小雨が交じるなか、東京・九段の靖国神社の開門6時前には、警視庁調べで一般参拝客は1000人を超え、メディアは実に約400人が動員された。

 なかでも、テレビ・メディアは首相官邸出発から本殿参拝までの小泉純一郎首相の一挙手一投足をリアルタイムで無批判にリレー中継し、海外からの参拝批判を意に介さぬ「強い首相」の演出に一役買った。

 夕方、首相の靖国参拝反対派の論客・加藤紘一元自民党幹事長の山形・鶴岡の実家が右翼の男に放火されるという「政治テロ」が起きると一転、加藤氏を“悲劇のヒーロー”仕立てにして「8・15ドラマ」を更に盛り上げた。

 また新聞メディアも、A級戦犯合祀に昭和天皇が不快感を持っていることを裏付ける元宮内庁長官メモをスクープした日経新聞、NHKの「日中戦争――なぜ戦争は拡大したのか」、戦争責任を検証・総括した読売新聞等々を並べたて、「競って責任を問うた夏」(朝日新聞8月19日付朝刊)と社説で自画自賛するなど、時代感覚の著しいズレに驚くばかりである。

 本来、メディアがこの日<8・15>に伝えなければならなかったのは、昨年より5万人も多く境内を賑わせた「若者」や、中国・韓国等の批判に対抗して半数近くもの日本人が首相参拝を擁護する「世論」の正体だったのではないだろうか。

 「8月ジャーナリズム」は「戦後61年」の今年も、太平洋戦争を含めた、昭和の一連の戦争について、何かしらのニュース素材をみつけて過剰なまでに報道を続けた。

戦前・戦中派が退場する中で

 ただ、戦前の延長で、「戦後」を語れる80歳、70歳以上の世代の「同時代史」からの退場が始まり、「戦後」と呼ぶには余りにも歴史のひとコマへと遠ざかってしまった。そしてその「歴史への記憶」を記録し、その教訓を学び・伝えていくべき60歳、50歳代の世代は「高度成長」や「平和」をいたずらに浪費している間に、「歴史への記憶」を完全に忘却してしまった。

 逆に、「8月ジャーナリズム」が形作ってきた「戦後」という言説空間のマンネリ化と空洞化が次第に露わになり、昭和天皇死去、冷戦の終焉、バブル崩壊後は、湾岸戦争、オウム真理教事件を経て北朝鮮脅威に至るまで、あたかも時代のトピックであるかのように、ナショナリスティックな「不安」の意識を刺激する議論が繰り返されてきた。

 そして、メディアのこの言説が何ら新しくないとしても、これを消費していった今の40歳代以降の「戦後後」の世代がメディアそのものの胡散臭さを感じ取り、昭和の戦争はおろか冷戦の記憶さえ定かでない、彼ら「若者」たちが「強い首相」や偏狭的なナショナリズム、愛国主義に“はまる”のも無理からぬことであろう。戦後61年、善し悪しは別にして、日本社会はそこまで変容してしまっているのである。

 メディアの変容は一層深刻である。戦争取材に関連して、ノンフィクション作家・保阪正康氏は最近の論文のなかで、「東條英機と同房だった人物のニセ証言」や「自分は特攻の生き残りだったと嘘を並べたてるニセ特攻隊員」などの史実がねつ造された、興味深いエピソードを紹介している(「ジャーナリストが、『歴史』に向き合う能力とは何か」=『月刊民放』8月号)。

メディアの戦後責任こそ問え

 そこには、歴史感覚の鈍感さに加えて、メディアが政治的に利用される“ワナ”に全くの無警戒な若手取材記者の存在がある。テレビに至っては、無声時代にもかかわらず、広島に投下された原爆のキノコ雲のモノクロ映像になぜか爆発音が付いていて、実際放送されても誰も気づかないという、「8月ジャーナリズム」の軽さもここに極まったという感すらする。そして今やそんな彼らの世代が、デスク、編集長、プロデューサーとして組織の中枢を担い始めているのだ。

 だからと言って、「若者」を責めるというのではない。「戦後」が同時代史から歴史へとなった今、「8月ジャーナリズム」で問われるべきなのは、戦前の戦争責任ではなく、「歴史の記憶」から教訓を学び、それを伝えてこなかった、戦後責任の方であろう。

 最近のメディア業界では、「仮想現実」や「想像力」を導入した<物語>ノンフィクションなるものがすっかり定着してしまった。ノンフィクション作家・吉田司氏によれば、テレビやインターネットの<情報共同体>が日本中を覆い尽くし、どこへ行っても「金太郎アメ」証言しか得られず、逆にうわさ情報に振り回される時代になった。ここでは確固たる「事実」が崩壊し、もはや従来の証言型リアリズムでは太刀打ちできなくなった(「朝日新聞」2000年8月5日付の朝刊)、というのがそもそもの始まりである。

 「8月ジャーナリズム」の軽さも、こうしたエンターテインメント的な手法で作り出されたノンフィクションに「似て非なるもの」がもて囃されるという時代風潮とどこかで通底しているであろうし、更には戦後日本の生き証人が次々と亡くなっていることをよいことに、史実を無視し、「戦後史」も<物語>ノンフィクションのテーマに手懸けられ始めようというなか、間もなく戦後生まれの初の首相が誕生しようというのは正に歴史のアイロニー(皮肉)でさえある。

 歴史と格闘し、その教訓を伝えるべき、メディアの「8月ジャーナリズム」にとって、いよいよこれから真価の問われる本当の季節がやってくるのだ。

 (ジャーナリスト)


略歴

 かわべ・かつろう 1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。78年、TBSに入社。報道局社会部デスク、警視庁キャップ、「報道特集」副部長などを経て、96年退社。以後フリーのジャーナリストとして月刊誌を中心に活動する。著書に、『「報道のTBS」はなぜ崩壊したか』『日本の警察』『拉致はなぜ防げなかったのか』など。