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寄稿論文

レバノン紛争の謎と本質

(アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員・加瀬みき)

(2006年8月29日付)


ヒズボラ対イスラエルの問題ではない

国際社会は断固たる行動を



 2006年7月12日、ヒズボラがイスラエルを攻撃し、二人の兵士を誘拐したことから今回の戦いが始まった。ヒズボラとイスラエルはミサイル攻撃の応酬を続けたが、ヒズボラが病院などの民間施設にミサイルを設置していたため、それを狙ったイスラエルの攻撃は、特に多くの民間犠牲者を生むことになった。8月11日に国連決議1701号が採択されたが、いまだ情勢は非常に不安定である。 中東情勢は複雑で今回の紛争にも色々な疑問点があるが、そもそも何故このタイミングでヒズボラはイスラエルを攻撃したのであろうか。イスラエルが反撃を開始した直後、ヒズボラは今回の攻撃は5、6年かけて計画してきたものであり、簡単には攻撃を止めることはない、と宣言していた。確かにヒズボラはイスラエルが予測したより長距離のミサイルを使用し、イスラエルに予想外の被害をもたらした。

 ヒズボラが一般市民の間にもぐっていることから、イスラエルは国際社会を全部敵に回すことなく勝利を得ることはありえなかった。しかし、一方、ヒズボラが今回の戦いでそもそもの存在目的である「イスラエル国家消滅」を果たせたとは誰も思わないであろう。

 長年かけて攻撃を計画した、という割にはミサイルの数と量も決して十分ではなかったというのも不思議である。イスラエル全土に届くミサイルや攻撃可能な戦闘機、あるいは、イスラエル領内に侵攻するための戦車などが無ければ、「イスラエル国家の消滅」どころか本格的な打撃を与えることもできない。

 ヒズボラから見て攻撃のタイミングとしての好条件は、たしかにいくつかあった。

 まず、パレスチナのイスラエル兵誘拐である。イスラエルへの攻撃は、少なくとも二方から行う必要があるといわれ、その意味では理にかなっている。またイスラエルではタカ派のシャロン氏が病に倒れ、職業軍人でないオルマート氏が首相になっており、イスラエルが、迅速かつ適切に対応できない可能性はあった。また、イスラエルの最大の支援国であるアメリカがイラク戦争で疲弊し、外交的にも非常に弱くなっているのもヒズボラにとっては有利と見えたであろう。

 いずれはイスラエル攻撃を考えていたヒズボラであろうが、このタイミングで実行を迫られた可能性はいなめない。ヒズボラのイスラエル攻撃の前日、イランのアリ・ラリジャニ最高安全保障会議事務局長(核開発責任者)はハヴィエル・ソラナEU(欧州連合)特使に対し、6カ国(ドイツ、フランス、英国、米国、ロシア、中国)の提案を受け入れる意思がないことを明らかにしたが、オーストラリアン紙等によれば、同氏はその帰路ベイルートに寄り、ヒズボラの指導者たちと会っている。

 翌12日、6カ国はイラン決議を国連に持ち込むことに合意し、ヒズボラはイスラエルを攻撃した。このタイミング、またイランからラード・ミサイルや中国製の対艦ミサイルを供給されていたことからみて、ヒズボラが核問題で国際社会の目をそらしたいイランの意向をうけて行動した可能性はある。

 今回の紛争は欧米のマスコミでもヒズボラ対イスラエルの問題として捉えられがちだが、問題の根源はレバノン政府が自国を治められないことにあるといわざるをえない。そもそも2004年の国連決議1559号は、ヒズボラの武装解除を求めているが、レバノン政府は自国内の武装勢力を解散させられなかったどころか、レバノン南部ではヒズボラに実権を握られ、イスラエルを攻撃することは知らなかったであろうと推測される。

 国連決議1701号はこの実態をよく表している。紛争の即時停戦を求めながらも、イスラエルのレバノン南部からの撤退は、レバノン軍とそれを支援する国連軍が地域に入るのと並行して行われることになっている。レバノン軍は国連軍の支援なしにはイスラエルとの国境沿いの地域を治められないのである。

 さらに情勢安定化を難しくしているのは、決議案の提出国であり、国連軍の指導的役割をはたすことが期待されたフランスが、国連軍の権限があいまいなことを理由に二の足を踏んでいることだ。イタリアが2000余りの派兵を申し出、フランスもやっと重い腰を上げそうであるが、十分な兵力が派遣され、その権限がはっきりするまでにはまだ時間がかかるだろう。

 非合法武装勢力ヒズボラ解散のためにレバノン政府が断固とした対策をとり、またそれを国際社会が口ばかりでなく行動で支援しない限り、ヒズボラとイスラエルの問題が収まることはない。(アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員)


略歴

 かせ・みき 東京生まれ。上智大学外国語学部卒。米国フレッチャー外交法律大学院修了。1978〜94年、東京銀行勤務。スタンフォード大学ワシントン校客員研究員を経て、現職。著書に『大統領宛 日本国首相の極秘ファイル』(毎日新聞社刊)がある。現在、西側同盟をテーマに日本、アメリカ、ヨーロッパで調査、インタビューを行っている。