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(2006年8月22日付)
事件を政治利用している、との批判も |
8月10日、ロンドン警視庁が英国発米国行きの複数の旅客機を爆破する計画を企てた容疑者21人を逮捕したと発表すると、米国各地の空港には厳重な警備体制が敷かれ緊張が走った。
今までにも米国当局によるテロを未然に防いだとする発表は何回かあったものの、いずれもテロの具体的な計画など確固とした内容が発表されることがないままテロ警戒度が引き上げられるのみで、ブッシュ政権が支持率を維持するためにテロの恐怖を利用しているのではないかと疑う声もここ数年、そこかしこから聞こえてきていた。
今回、趣が異なったのは摘発を行ったのが英国警察であった点と、液体爆弾を用いて飛行機内で爆発を起こす予定だったという容疑者グループの具体的な計画内容や計画が実行直前まできていたことが明らかにされた点である。
摘発のニュースに対する英米双方の当局の反応の違いも対照的であった。
ブッシュ大統領はニュースを受けて即座に、摘発は「アメリカがイスラム教のファシストと戦争状態にあることをまざまざと想起させた」と述べ、自由を愛する米国と、それを否定するテロリストという思想や価値観の違いにかかわるテロとの戦いの一端であることを強調した。
他方、英国警察当局は、今後の刑事訴訟を妨げる恐れがあるとして、容疑者らの動機、思想についてはノーコメントとし、あくまでも、犯罪取り締まりの態度を貫いた。
米英の違いはこれだけではない。8月13日付のニューヨーク・タイムズ紙は、計画やそれを画策しているネットワークに関するできうる限りの情報を収集するまで容疑者を泳がせ、長期にわたる捜査を行うイギリス情報局保安部(MI5)の捜査方法と、テロ計画の最終段階まで待った挙句に未然に防ぐことができず実行されてしまうことを警戒し、テロ計画を察知した段階で早期の逮捕に踏み切る米国連邦捜査局(FBI)との捜査方法の違いに焦点を当てた記事を1面に掲載した。
これは主に2国間の法制度の違いから生じる差だが、15日付のワシントン・ポスト紙のオピニオン欄で米国連邦裁判官のR・ポスナー氏はこれを捉えて、アメリカにもMI5のような組織が必要だと指摘した。
MI5は英国の情報機関で国内の治安維持活動を行うが司法警察権は持たないため、逮捕を行う権限や犯罪捜査を行う責務を持たない。
他方、FBIは捜査、逮捕を行い、訴追するに足る証拠を揃える。このため、容疑者を訴追するのに十分な証拠が揃ったか否かがFBIの捜査焦点となり、証拠が出揃った時点で捜査を打ち切り逮捕に踏み切る。逮捕や訴追の責務を持たず、ひたすらテロリストのネットワーク解明と情報活動に専念するMI5とはやや性質が異なる。
ウォールストリート・ジャーナル紙は、両国間の「市民自由」に対する考え方の違いも背景にあると指摘する。レーガン政権時代に司法省に勤務したD・リブキン氏とL・ケイシー氏は14日付の同紙オピニオン欄で、イギリスでは公共の場の大半が監視カメラによって監視されており、政府は広範囲にわたるデータ・マイニング(情報処理)を行っていることが今回の摘発に際しても威力を発揮したが、アメリカではプライバシーが重視されるためにこうした活動が行えないと指摘する。
3大TVネットワークのひとつであるFOXの番組に出演した同紙論説ページの副編集長はこの考えをさらに推し進めて、捜査令状なしでの盗聴や世界の金融機関間での取引に使用される通信ネットワークの傍受を可能とする権限を政府に与えることを考慮すべきであり、市民自由という概念は再考されるべきであると述べた。
しかし、アメリカ社会では現政権がテロとの戦いを政治利用しようとしているという警戒心が一部では根強い。
11日付のニューヨーク・タイムズ紙の論説は、ブッシュ政権はテロに対するアメリカ国民のトラウマを政治機会として利用していると非難した。これは、チェイニー副大統領が英国での容疑者確保のニュースを耳にした直後にインタビューに応え、コネティカット州の民主党予備選でイラク戦争を支持した現職上院議員が、イラクからの早期撤退を主張した若手候補に敗れたことは、民主党がアルカイダのようなグループを後押ししているようなものだ、と述べたことなどを指す。
ブッシュ政権の言うようにイラクへの米軍駐留はテロの温床を撲滅するために不可欠なのか、それとも民主党の主張するようにイラク戦争に資金と兵力をとられ、しかも米国を憎む人々の数を増やす結果につながっているのか。テロとの戦いの方法を巡っても意見の一致が見られないまま、あと半月余りで同時多発テロから5年目を迎える。(在米ジャーナリスト)
略歴しいな・あゆこ 上智大学新聞学科修士課程、ミネソタ大学ジャーナリズム学科修士課程修了。研究テーマは国際コミュニケーション論と、主にインドネシア、東南アジアにおける言論の自由。現在はニューヨークに在住し、リサーチャーとして活動する。