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(2006年8月15日付)
イスラム過激主義の背景に注視 |
英警察当局がイギリス発米国行きの旅客機10機に対する空中同時爆破テロを企てていた容疑者グループ24人(うち1人はその後、釈放)を摘発した事件は、テロリストが巧妙さを増しながら一般市民を大量殺戮することで西欧型文明社会の基盤を突き崩そうとしている現実を改めて見せつけた。
パキスタン当局の協力を得て、英警察当局が未然に防いだことに胸をなでおろす一方で、さらに第2、第3のテロ計画が現在もどこかで企てられているのではないかといった危機感が世界中に広がっている。FBI(米連邦捜査局)は200人の特捜班で米国関連容疑者の捜査に乗り出しているし、イタリア捜査当局は40人の容疑者をすでに逮捕するなど捜査は国際的な広がりを見せている。
今回の容疑者24人のうち22人はパキスタン系英国人2世、ほとんどが英国籍とパキスタン国籍を併せ持つ二重国籍者だった。かつて宗主国だった英国にはパキスタン系が78万人いる。白人による差別と偏見から学業や就職もままならぬ状況下にあるという。ロンドンに住むパキスタン系の70%が「貧困境界線」上にあえいでいるとの報告書もある。
容疑者たちは英国社会から落ちこぼれた17歳から35歳の働き盛りの青年、壮年たち。自己喪失のマイノリティー(少数民族)として自らのアイデンティティーをイスラム教過激派テロに求めたとしても不自然ではない生活環境がある、との指摘もある。
チャートフ米国土安全保障省長官は、発覚直後から規模や手口から国際テロ組織アルカイダの直接的関与を示唆、パキスタン外務省が11日夜になって「アルカイダが事件に関与した疑いがある」との声明を発表した。
ただ、関与の具体的な内容は明らかにされていない。いずれにせよ、テロの背景には、アフガニスタン、イラクと「戦闘地域」を広げる米英主軸の反テロ戦争が、イスラム諸国はもとより欧米各地に移住したイスラム教徒の若者たちをテロリストや少なくとも心情的シンパに走らせ、増殖させている冷厳な現実があることも否めない。それをイスラム教指導者たちが諌めるどころか、一部の指導者はそそのかしている現実がもう一方にはある。
今回の未遂事件には、確かに「アルカイダ・コネクション」を想起させるいくつかの点がある。(1)機内に持ち込むのは爆発物に転用できる過酸化水素系の液体。未遂に終わったが95年にアルカイダ工作員が東南アジア発米国行き旅客機爆破に用いた手口と似ている(2)容疑者のうち2人が航空券購入の資金を得るためにパキスタンに渡航、アルカイダ系イスラム過激派グループ幹部と接触している(3)去る7月27日にはアルカイダ幹部が中東衛星テレビでレバノン情勢に関連してイスラム教徒に「ジハド」(聖戦)を呼びかけている――などだ。
それにしても数千人の命を奪ったかも知れぬ今回のテロ計画。事前に摘発されて世界中は安堵した。英紙の投書欄には「よくぞ捕まえてくれた。英国の捜査当局を誇りに思う」といった賛辞がアメリカ人読者から殺到している。
ワシントン・ポスト紙によると、今回の摘発に際して英警察当局は8カ月の長期間、電話盗聴、電子メール検閲、張り込みなど地道な活動に徹してきたという。米テロ対策担当者やパキスタン当局者との頻繁な情報交換もあった。
そうした中で摘発の直接の発端となったのは、5週間前にパキスタン当局がアフガニスタン国境検問所で拘置、尋問した英国籍のラシド・ローフ容疑者が漏らした情報だった。同容疑者はパキスタンに潜伏するアルカイダ系過激派グループ「ジェイシー・ムハンマド」の指導者、マタール・リーマンと近い人物だ。
今回逮捕された24人の中にはローフ容疑者の弟か従兄弟もいるという。米英政府内部には、同盟国とはいえ、パキスタン政府がイスラム教過激派掃討作戦にはどこか消極的だとの不満が燻っていた。パキスタン情報機関にアルカイダ・シンパがいるとの指摘すらあった。それだけにムシャラフ・パキスタン大統領にとっては裂帛の気合を入れた名誉挽回策ともいえる。
ブッシュ米大統領は「私は米国民をテロから守るためにありとあらゆることをする」と反テロ戦争の遂行を強調、11月の中間選挙に向けてテロとの戦いを最優先課題にする決意を新たにしている。
1週間前に行われたコネティカット州上院民主党予備選では、イラクからの米軍早期撤退を唱えた新人候補が大統領のイラク政策を支持するリーバーマン上院議員(元副大統領候補)を破るなど、米国内にはイラク政策見直しの機運が勢いづいていた。それだけに今回の未遂事件は大統領にとってはまさに「吉報」といえるかもしれない。
経済面でのインパクトはどうか。今回の事件を受けて空の旅行を控える事態が続けば、原油高で青息吐息の航空各社にとってはダブルパンチになる可能性もある。とくに航空7社のうち4社が破産裁判所下の会社再建に入るという異常状態が続いている米航空業界にとっては厳しい局面になりそうだ。経営難にあえぐ日本航空業界にとっても対岸の火事というわけにはいかなくなってくるだろう。
(米パシフィック・リサーチ・インスティチュート所長)
略歴たかはま・たとう 1941年、東京都生まれ。米カリフォルニア大学(バークレー校)卒。67年、読売新聞社入社。ワシントン特派員、政治部次長、主任研究員等を歴任。95、97、98年に、母校のジャーナリズム大学院客員教授、上級研究員。99年から現職。著書に『アメリカの歴史教科書が教える日本の戦争』『捏造と盗作』など。