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寄稿論文

検証 国際社会の中の日本

(日本ジャーナリスト懇話会会長・仲晃)

(2006年8月8日付)


北朝鮮ミサイル問題への対応を巡って

平和国家のイメージにかげりも



英エコノミスト誌が辛口評論

 フランス童話の名作、サン=テグジュペリの『星の王子さま』の中で、地球にやってきた星の王子にキツネがこう語りかける場面がある(岩波書店版、内藤濯訳)。「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは目に見えないんだよ」

 心でしか見えないそんな真実を、国連安保理を舞台に先日繰り広げられた外交ドラマが教えてくれた。

 北朝鮮の挑発的なミサイル発射を取り上げた安保理の討議で、日本は戦後初めて国際外交戦の主役となり、制裁カードを使って北朝鮮に6カ国協議への復帰を強力に促した。制裁決議案自体は中国、ロシアの抵抗で成立しなかったものの、日本の大車輪の奮闘が実り、国際社会の意思を一本化した非難決議が採択されて危機はひとまず回避された。政府が国民向けに売り込んだ今回の日本のイメージがこれである。

 だが、「心でしか見えない真実」は本当はどうだったのか。

 国際的な名声を持つ英エコノミスト誌は7月22日号で「日本は今回強気一本で、孤立する北朝鮮に対して外交を駆使することで6カ国協議へ復帰させるのは望まないかのような態度で、危うく、すべてをぶち壊すところだった」と厳しい評価を下している。そして、日本外交が今回見せた大騒ぎは、拉致対策などで強硬姿勢をとって人気のある次期首相候補の安倍官房長官が、国内世論を狙って指揮棒を振るったことに関係あるように思われる、と分析している。

核廃絶、憲法9条に言及なし

 政府は北のミサイル発射いらい、国際社会全体が怒りに燃えているかのように描いて見せたが、ハドリー米大統領補佐官は早い段階から「米国に対する脅威ではない」と語っていた。

 8月は日本にとって、原爆の惨禍を改めて胸に刻み、核のない平和な世界の建設の先頭に立つべき月。その原爆忌を前にした国連討議で、日本が戦後初めて強硬派のリーダー格に躍り出て、何とかして交渉解決に持ち込みたい中国、ロシア相手に制裁実現に血道をあげる形となった。

 北朝鮮の手荒なミサイルの発射実験は、たしかに近隣諸国に不快感を抱かせた。だが、最大の問題点はミサイル自体ではない。将来これらのミサイルに装着されて、近隣諸国を絶滅の危機に陥れかねない北朝鮮の核兵器の開発を阻止することであった。

 それには、北をさらなる孤立に追い込むよりも、外交の総力をあげて対話に誘い込むことなのに、核廃絶を国是とする日本は、今回の安保理討議で「核」の言葉に一度も触れず、不戦の誓いを込めた自国の平和憲法第9条をついぞ引用することがなかった。

 代わりに日本は、経済制裁や武力行使を可能にする国連憲章第7章を連日のように振りかざし、平壌での説得に最後の望みをかける中国を、安保理で孤立させるのに奔走した。

 戦後長らく「第9条国家」を世界に誇ってきた日本は、国連加盟50周年になる今年、これとは正反対の「第7章国家」に変貌したのか、と国際社会の目がいぶかしげに問いかけている。

波紋を広げた“先制攻撃論”

 今回の外交ドラマで、米国、英国などのメディアが指摘し、日本のメディアの大半が口をつぐんでいるもう一つの重大な出来事は、額賀防衛庁長官や安倍官房長官らが唐突に打ち出した自衛隊による策源地(敵基地)攻撃論が、「専守防衛」から出発した戦後日本のイメージを国際社会で大きく塗り替えたことだろう。

 米メディアですら一斉に「日本が先制攻撃の可能性を示唆した」と報道、政府の各種記者会見で質問が集中した。

 当面最大の問題は、北朝鮮がこれほどの孤立を覚悟してミサイル実験をした真の理由を探ることではあるまいか。

 イラク戦争の事例などから北朝鮮は、米国による武力攻撃と政権崩壊を最も恐れており、このため米朝2国間協議を切望している、という見方が有力になっている。6カ国協議では北への圧力ばかりがクローズアップされ、肝心の議論の焦点は拡散してしまう、というのだ。

 今回の安保理ドラマでは姿の見えなかった小泉首相が、さきごろの訪米のさいにも、米朝直接対話を最良の打開策として、ブッシュ大統領に非公式な形で繰り返し説得し、米側が消極姿勢を崩さなかった事実が最近明らかになっている。

 日本が真に平和外交のキープレーヤーになりたいのであれば、ここは一つ勇を鼓して盟友アメリカに、北との対話を改めて提案してみたらどうだろうか。

 (日本ジャーナリスト懇話会会長、桜美林大学名誉教授)


略歴

 なか・あきら 1926年、京都府生まれ。東京大学法学部卒。共同通信社ワシントン特派員として62年、ボーン賞受賞。ワシントン、ジュネーブ支局長、論説副委員長などを歴任。89〜97年、桜美林大学国際学部教授。著書に『黙殺―ポツダム宣言の真実と日本の運命』『ケネディはなぜ暗殺されたか』、訳書に『マクナマラ回顧録』『ゲバラ日記』など。