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(2006年8月2日付)
全加盟国に法的な拘束力 |
7月15日(日本時間16日)、国連安全保障理事会は、北朝鮮のミサイル問題を非難する決議1695を全会一致で採択した。98年のテポドン発射の時は中国の反対にあい、最も弱い「プレス声明」で北朝鮮の行為に対する「懸念」を表明するにとどまったことに比べれば、今回の決議は北朝鮮に対する国際社会の一致した強い意思を示すものといえる。
しかし、7月5日のミサイル発射から決議採択にいたる道のりは決して平坦なものではなかった。安保理を舞台に繰り広げられた12日間にわたる各国の壮絶な攻防は、国連が各国の思惑が交錯する利害の衝突と調整の場であることを改めて感じさせるものとなった。
ミサイル発射後まもなく、日本は、米国との密接な連携のもと制裁や武力行使を可能にする国連憲章7章に基づく制裁決議案を提示した。これに対し、北朝鮮と特別な利害関係がある中露は、当初、議長声明が適当であると決議に抵抗した。
その後、中国は北朝鮮の説得に乗り出すが、説得工作が不調に終わったことから議長声明を断念、焦点は決議の文言をめぐる駆け引きへと移った。結局、拒否権をかざして7章削除にこだわる中国の意向を日米が受け入れる形で決着、その結果、決議は7章が含まれないものになった。
これに関してわが国の一部マスコミでは、7章に基づかない決議には法的拘束力がないとの論調がみられた。しかし、この理解は正確ではない。国連憲章は、25条で「国連加盟国は、安全保障理事会の決定をこの憲章に従って受諾し且つ履行することに同意する」と規定している。これは、加盟国が安保理の決定に従う義務があること、すなわち安保理決議に法的拘束力があることを述べたものである。
そこで、25条の効力範囲の問題、すなわち同条が7章に基づいてとられる強制的措置に対してのみ適用されるか否かが問題となる。これについて、国際司法裁判所(ICJ)は、1971年の「ナミビア事件」の勧告的意見において、「25条は、強制行動に関する決定に限定されず、憲章に従って採択された安保理の決定に適用される」と述べた。
憲章起草の準備作業、憲章規定全体に基づく解釈、これまでの安保理の実行からも、25条が7章の規定に限定されているとはいえない。もっとも、加盟国に対して勧告を行う決議もあり、安保理のいかなる決定が真に拘束的かについては、決議の内容を注意深く分析する必要がある。
今回の決議については、非拘束的であるとともに非難決議にとどまるものとの見解もみられた。しかし、内容を見れば単なる非難決議でないことは明らかである。
決議は、北朝鮮に弾道ミサイル計画の活動停止と発射凍結の約束復活を要求(demand)するとともに、加盟国に北朝鮮のミサイルや大量破壊兵器に対するミサイル関連物資、技術などの移転防止を要求し、北朝鮮からのミサイル関連物資、技術などの調達防止を要求しているからである。その意味で内容は制裁決議に近いといえ、欧米では「制裁」と呼ぶメディアもある。
決議採択を受けて、北朝鮮は即座に全面拒否を表明、議場を退席した。しかし、決議は各国に対して法的拘束力をもつだけでなく、今後、決議を無視し続けた場合に、安保理が7章に基づくより厳しい対応を迫る足がかりを築いたことは間違いない。時を同じくしてロシアのサンクトペテルブルクで開かれていた主要国首脳会議(サミット)の議長総括でも、G8の北朝鮮に対する非難の意思が表明された。直前の安保理決議を受けた形だ。
今回の決議採択の意義としては、次の3点があげられよう。
第1に日本外交にとっての意義である。米国との連携プレーで最後まで強気の姿勢を貫いたことが功を奏するとともに、安保理の非常任理事国であったことも幸いした。奇しくも本年、わが国は国連加盟より半世紀を迎える。日本主導の安保理決議案が採択されたのは今回が初めてであり、「国連中心主義」を掲げる日本外交の真価が問われるのはこれからである。
第2に、地域的枠組みにとっての意義である。決議は、北朝鮮に対して6カ国協議への無条件の即時復帰と核兵器と核計画の放棄を強く要請している。北朝鮮がこれに簡単に応じるとは思えないが、結果的に昨年11月より中断し、足並みの乱れていた6カ国による対「北」枠組みを再構築するきっかけになった。今後、議長国でもある中国の動向が鍵を握るといえる。
第3に、国連の多国間主義にとっての意義である。国際社会にとって、北朝鮮による大量破壊兵器とその運搬手段であるミサイル開発の問題は、イラン問題と並んで焦眉の課題である。このような危機に対し、常任理事国間の溝を埋め、全会一致のメッセージを送ったことで、多国間主義は一応の成功を収めたといってよい。
今後も同様の結果がえられる保証はない。しかし、ハマーショルド第2代国連事務総長が述べたように、少なくとも国連が「世界を天国に連れて行く機関ではないが、地獄に落ちるのを防ぐ機関」となることを願いたい。(創価大学教授)
略歴なかやま・まさし 1959年、兵庫県生まれ。創価大学大学院博士前期課程修了。専攻は国際法、国際機構論。共著に『地球市民をめざす平和学』、論文に「国際テロと国連安全保障システムの課題――米国による対アフガン報復攻撃と自衛権をめぐる議論を中心として――」など。2000年から01年まで、ハーバード大学ケネディスクール客員研究員。創価大学平和問題研究所所員。