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寄稿論文

メディアのページ


米国のメディア不祥事に思うこと

栗木千恵子
(ジャーナリスト)

(1998年8月8日付)




「正確」こそ賞をもらうよりも大事

無視できないところまできている市民の反感


人物と発言を捏造したため辞任

 最近続けて発覚した米国メディアの不祥事には、その内側にいた者として、正直気が重くなった。大袈裟(おおげさ)に言えば「ブルータスお前もか」と言った心境である。

 まずさる五月、『ニュー・リパブリック』誌に掲載された四十一本の記事のうち二十七本の全てが一部に捏造があったことが発覚、寄稿者は直ちに解雇された。続いて『ボストン・グローブ』紙のコラムニストが、四本のコラムの登場人物と発言を捏造したため、辞任に追い込まれた。このコラムニストは一九九八年のピュリツァー賞の最終選考に残った実力者である。

 いずれもあってはならないことである。そして事情がどうであれ、許されないことである。両者の退陣は当然であろう。米国の記事は原則として全て署名原稿である。署名記事をバイラインというのも、誰々によるとByの後に書き手の氏名を明記することに由来する。署名はスターシステムの華やかさよりも、むしろ責任の所在を明確にさせる意味合いの方が強いように思う。つまり記事の全責任は、最終的には記事を書いた者が負うのである。署名とはそれ程重いものなのである。

 しかしことはそれだけにとどまらなかった。六月末、さらに『シンシナチ・エンクワイヤー』紙がチキータ・ブランズ・インターナショナル社に対し、将来同紙に対し訴訟を起こさないことを条件に、一千万レ以上の損害賠債を支払うと発表した。これは報道機関の損害賠償としては最高額の部類に入る。同紙の記者がチキータ社の約二千件のボイスメールを不正に入手したのがそもそもの発端であった。同紙は一面トップで謝罪文を掲載。さらに二度謝罪文を掲載すると発表。記者は即解雇されたが、世界最大のバナナ会社チキータの経営の不正を暴いたと自負した一年以上の取材は何だったのだろうという、素朴な疑問が残る。また不正入手が報道後わずか二カ月以内に判明するのなら、社内チェックが甘かったとの印象は拭えない。

 そして七月初め、三大ネットワークNBCテレビを訴えていたトラック業者に対し、五十二万五千レを支払うよう裁判所が命じた。取材意図を偽り取材し、内容も正確を欠くというのが、その主な根拠である。

 いずれも定評のある報道機関であり、問題の深刻さを垣間見る思いである。

信頼回復へ事実関係の究明こそ

 ところが先月判明したCNNテレビとタイム誌の誤報は、衝撃度と問題の複雑さで際だっていた。すでに日本では報道済みなので詳しくは繰り返さないが、六月初めにCNNテレビとタイム誌がベトナム戦争当時、米軍が米軍脱走兵殺害のためにラオスで神経ガスのサリンを使用との衝撃的なニュースを報道。直ちにニュースは世界を駆け巡った。しかし両報道機関の独自の内部調査で結局は勇み足の誤報と判断。関与した二人のプロデューサーをはじめ責任者の解雇に踏み切り、謝罪した。CNNテレビの生みの親テッド・ターナー氏が記者会見で「自分の生涯で恐らく最も当惑した出来事、悪夢だ」と語り、誤りを全面的に認め、ひとまず決着をみたかに思えた。

 ところが筆者が帰国する直前、解雇されたCNNテレビの二人のプロデューサーは共に身の潔白を主張して一歩も引かない姿勢をみせている(7月22日付ニューヨーク発AP電)。CNNテレビの幹部は軍の圧力に屈したというのである。

 またマイナーな関わりしかなかったと主張して解雇を免れたピーター・アーネットに対し、彼は「全ての資料を読み、深く関与していた」と真っ向から反論している。失われたメディアの信頼回復のためにも、いっそうの事実関係の究明が求められる。さらに結果はすべて公表してもらいたいものである。

最終的には記者を信じるしかない

 捏造の古典的な例は『ワシントン・ポスト』紙のジャネット・クック記者であろう。こともあろうに同記者の書いた捏造記事がピュリツァー賞を受賞してしまったため大事(おおごと)になった。以後、オンブズマン制度の導入、訂正記事の掲載、必要であれば上司にニュースの情報源を明かすなどの改革を行っている報道機関が多い。しかし最終的には記者を信じるしかないのが実情であろう。

 犯罪社会のアメリカでは、たとえ顔見知りでも他人を信じるなと子供に教えなければならない。それと同様にメディアを信じるなと教えなければならないとしたら、メディアの死であり、大問題である。日々締め切りと過酷な競争にさらされている報道する側の事情はよく分かる。しかし見切り発車ゆえの誤報はメディア全体の信頼度の低下を招き、結果として自ら墓穴を掘る愚行につながる。すでにメディアに対する米国市民の反感は無視できない所まで来ているのである。

 誤報が最も恐ろしいと語ったのは『マイアミ・ヘラルド』紙の犯罪記者エドナ・ブキャナンである。記事が正確なのは賞をもらうことよりもずっと大切と主張するピュリツァー賞を受賞した同記者の言葉の重さを今一度かみ締めてみたい。

 最近の不祥事には、残念だが、報道する側が基本的なルールを無視した印象が付きまとうからである。

 とは言え、報道機関も記者当人も速やかに責任は取っている。米国はルールを破る者には厳しい社会である。違反者には「罪と罰」が待ち受けている。それがわが国と最も異なる点ではないだろうか。

 (ジャーナリスト)



略歴 くりき・ちえこ 1949年、愛知県生まれ。慶応義塾大学卒。シカゴ・トリビューン東京支局記者、NHK衛星放送番組制作を経て、国際文化研究センター共同研究員。『ニュースペーパー・ウーマン』『ケネディの遺産』『アメリカのゲイたち』(いずれも中央公論社)がある。現在、米国のジャーナリズム史を執筆中。