Current Directory is http://www.seikyo.org/【Seikyo Media Page】Copyright (C) 1997-2006 by The Seikyo Shimbun.



メディアのページ

寄稿論文

文化によるまちづくり

(京都橘大学教授・端 信行)

(2006年6月6日付)


ハコモノ行政からソフト重視へ

市町村合併で揺らぐ帰属意識



「失われた10年」成熟への転換

 このところ「文化政策」への注目度が一段と高まっている。その背景のひとつには、平成7年より国のリードによってすすめられてきた、いわゆる平成の(市町村)大合併があるようだ。特別措置の期限であった平成17年3月をめどに、全国で、いくつかの町が合併して新市になったり、周辺の町村が旧市と合併して大きな市になったり、それらにともなって新しい名称が生まれたりした。

 こうした平成の大合併は、地方分権の推進や厳しい財政状況を背景に、行政サービスの効率化をめざしてすすめられてきたが、その過程でさまざまな課題も生じている。なかでももっとも大きな課題は、地域に対する人びとのアイデンティティー(帰属意識)の揺らぎである。

 合併までの過程で、各種の説明会や住民投票などをとおして合併への住民の理解を深めたのであろうが、昨日までA町の住民であったのが、今日からB市民ですと言われても、そう簡単に意識を変えられるものではない。

 行政サイドにとっては、住民サービスの充実もさることながら、新行政への住民の帰属意識の醸成も緊急の課題となったようで、この課題を解決する方策として、文化政策への関心が高まったと言えそうである。事実、わたしの勤務する京都橘大学の文化政策研究センターへ各地の自治体からの資料請求が増加しているのである。

 こうした背景のひとつとして、さらにはバブル経済崩壊後の90年代の社会変化も大きな要因として考えられる。90年代は、経済成長の視点からは「失われた10年」と評されたりするが、文化政策の視点から見ると、それは成熟への転換と評価することができる。

担い手である地方自治体の課題

 高度成長期から続いてきた文化行政は、80年代にかつてない高まりを見せ、各種の文化施設建設を推進してきたが、ジャーナリズムなどからハコモノ行政との批判を浴び、貸し館型運営や住民のニーズとの乖離など、とかく内容をともなわない施設運営が問題となった。

 90年代に入り、経済不況が続くなか財政も逼迫しはじめ、施設建設よりはソフト先行の事業展開や施設運営にも様々な改善が加えられ、具体的な地域文化振興の拠点としての文化施設の役割が明確になった。同時に住民のサイドにおいても、自らの地域文化を振り返る活動やボランティアとして施設運営に参画する活動が目立ってきた。こうした動きが、従来型の文化行政から地域のあり方全体を見る文化政策への転換を促したと言える。

 こうして文化をめぐる価値観が大きく変化するなか、80年代のはじめには、研究者のあいだで新しい文化政策の考え方についての論議がはじまっていた。国においては、平成元年に設置された文化政策推進会議が、平成7年に「新しい文化立国を目指して」と題する指針を発表した。

 その後、中央省庁などの改革をへて、平成15年には文化審議会に新たに文化政策部会が設置され、文化芸術活動の支援方策や地域文化の振興などについて数々の提言を行っている。

 しかし、こうした新しい文化政策の考え方を一体誰がどのように実践するのか、現実の文化政策の担い手は誰なのかについては、わが国の場合は明確な施策がとられなかった。とくに地域文化振興の大きな担い手のひとつである地方自治体では、文化行政から文化政策への転換が制度的にすすまなかった。この点は現在もまだ明確な改善が見られない。

私立大学が先鞭をつける

 文化政策の考え方を身につけ、それを実践する人材は、どこにも存在しない。

 わたしはこうした文化政策の担い手を「文化プロデューサー」と呼んでいるが、文化政策はもはや行政の片手間ではできない、(地域の)文化をプロデュースする専門的な仕事である。行政のサイドにそのような職種がないのは残念だが、現状ではその職種をまっとうする人材もいない。どの大学にもそのような人材を育成する学科はなかった。ここが問題であった。

 こうした国家的課題に取り組んだのは私立大学であった。まず慶応大学文学部が先鞭をつけ、静岡文化芸術大学に続いて、平成13年、京都橘大学(当時は京都橘女子大学)に文化政策学部が開設された。平成17年には現代マネジメント学科を増設し、文化政策学科とともに2学科体制になり、一学年200人を超える学生を掲げ育成している。

 本学の場合は、文化経済や文化開発を基礎としながら、「文化によるまちづくり」をめざす実践的な教学をすすめてきた。

 平成15年には大学院(博士前期後期課程)を開設し、学部生ともどもすでに2期生まで社会に送り出したが、彼らは社会のいろいろな立場で文化政策の学びを生かしつつある。近い将来に、本学の卒業生が文化プロデューサーとして全国各地で活躍することを期待している今日このごろである。

 (京都橘大学教授)

略歴

 はた・のぶゆき 1941年、大阪生まれ。京都大学大学院博士課程中退。天理大学、国立民族学博物館を経て平成13年より現職。著書に『文化としての経済』、共著に『文化政策入門』『文化政策学の展開』など。