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寄稿論文

対談 元駐中国大使ジェームズ・リリー氏の回想録『チャイナハンズ』を巡って

(社会技術研究開発センター主任研究員・古川勝久さん)
(龍谷大学教授・西倉一喜さん)

(2006年5月30日付)


米国きっての「中国通」

キッシンジャーの代理人が明かす秘話



米中関係のバランサー的な重鎮

 ブッシュ政権の東アジア政策に影響力を持つジェームズ・リリー元駐中国大使の回想録が、先ごろ邦訳・出版され、話題となっている。中国・青島生まれのリリー氏は、米国きっての「中国通(チャイナハンズ)」として知られ、米中復交時におけるキッシンジャー大統領補佐官の代理人であった。ここではリリー氏の著作をめぐって、訳者の西倉一喜氏と、リリー氏と共に仕事をしていたシンクタンク研究員の古川勝久氏に語り合ってもらった。

 (司会・構成=野山智章論説委員)


●間近で見た著者の印象

 ――まず、間近で接した著者リリー氏の印象について語ってください。

 西倉 最初の出会いは1989年の天安門事件直後、リリーさんが中国大使のときの記者会見でした。記者向けの内部ブリーフィングでしたが、話し方が、外交官らしからぬ、けっこうずばっと辛口なのです。外交官は、何を言っているのか分からないような“外交辞令”で話す人が多いのですが、リリーさんは違うというのが印象的でした。

 それと、彼は中国側に対して“位負け”しないのです。米国の国務省でも、日本の外務省でもそうですが、チャイナ・スクール(中国語を専門とする外交官)は、えてして中国側に対して腰が引けている場合が少なくない。その点、リリーさんは、中国側から何か言われたら絶対に言い返すような、向こうっ気の強い人で、なかなか大したものだと思いました。

 古川 私は、ワシントンでアメリカン・エンタープライズ研究所を経て、(有力シンクタンクの)外交問題評議会に所属しました。そこで、北朝鮮政策に関するタスクフォース(特別委員会)を組んでおりました。その時、リリー元大使と一緒だったのです。

 一般にリリーさんは、タカ派の論客として知られているのですが、必ずしもタカ派一辺倒ではない。

 振り子がどちらか極端に振れそうになると、必ずバランスを取る発言をするバランサー的な要素がある人でした。しかもそれが非常に重要な局面でなされる。

 例えば、クリントン政権の外交政策が、中国重視になりすぎた時は、それではかえって北東アジアの状況を不安定にさせると批判しました。そうかと思うと、ブッシュ政権が当初、中国に過度なタカ派的態度をとる中で、政権発足直後の2001年4月に米軍の電子偵察機が中国戦闘機と接触し海南島に緊急着陸する事件が勃発。米世論が“中国なにするものぞ”となった際に、リリーさんはテレビ出演して「こういう時こそ冷静に話し合わなければいけない」と説いています。

 彼の言葉は、いわゆる外交官風の美辞麗句ではなく、びしっと締まっています。米国きっての「中国通」として、責任ある政策を遂行するためには、時々の政権や世論におもねることなく、厳しい意見を言い切っていく。こうした人物が存在することが、やはり米国の対中政策に厚みを感じさせています。

●政権内の葛藤も克明に

 ――回想録『チャイナハンズ』のどこに注目すべきでしょうか?

 古川 リリーさんは、1940年代以降、中国が激動していく中で、専門家として米国の対中政策の方向性を模索してきた。70年代以降は、まさに当事者として、政権内部の対中戦略をめぐる論議にも参画してきた。その内情が克明に書かれています。

 米政権と一言でくくりますが、ニクソン・フォード両政権でキッシンジャーがとった外交、あるいはカーター政権でブレジンスキーがとった外交、レーガン政権の対中政策、やはり全部違う。どういう葛藤がそれぞれの政権内部にあったのか、興味深く読ませていただきました。

 さらに2001年の9・11テロ事件以降、米国の外交政策は民主主義の普及という点が大きな課題になっておりますが、その嚆矢ともなる貴重な経験が、この本には収録されています。すなわち、アジア地域の民主化は、まず1986年のフィリピン革命でマルコス政権が退陣して、始まった。その後、ドミノのように、台湾、韓国と各国で民主化が進む。リリーさんは、米国大使として当事者でした。

 ――第12章「キッシンジャーの代理人」で、「中国を観察する場合、ロマンティシズムと感情移入を極力排除すべきだというのが私の持論だ」とあります。

 古川 全く同じところに赤線を引きました。その直後のくだりで、「私の考えでは、中国が外国に対して持つ不平不満は、中国の過去に根ざした自己中心的なナショナリズムから来ており、それは排外主義的な色彩を帯びる。このことは十九世紀以降の外国勢力による目に余る振る舞いに対して中国に本当の怒りがないということではない。しかし、中国人が歴史体験で深く傷ついているからといって、排外主義を見逃してよいということにはならないのだ」と強調しています。

 ――第12章にはリリー氏の面目躍如たる記述があります。「ホスト国の小うるさい記者や気難しい役人が異論のある問題や感情的なテーマを取り上げて質問をしてくるとき、私はこう答えることにしていた。『この問題には三つの見方があります。私の見方、あなたの見方、そして事実関係です』」。タフで大人の対応です(笑い)。

 西倉 彼はそれを相手に向かってずばっと言うのです。これは、なかなかできないですよ。だから中国側も一目おく。中国の指導者や外交官は、必ず相手を見るのです。そして御しやすいと思ったら、本当にバカにする。中国語で「チエンタン」と言います。「簡単」という意味です。そう思われないためにも、日中関係に携わる人には、ぜひ読んでほしいですね。

忘れがたい“位負け”しない姿

●日中が共にはまった罠

 ――次に、日米中関係の現在について論じたいと思います。

 西倉 私は(留学と北京支局長として2度)中国に住んだ経験があるのですが、中国人が米国を見る場合と日本を見る場合の“温度差”を感じてきました。

 中国人は、米国には本当に一目おいている。「どの外国が一番好きか」と聞くと、多くの中国人は「米国」と答えると思うのです。社会制度は違っても、米国のようになればよいという憧れは強い。中国人の米国に対する感情というのは、「Love(愛)&Hate(憎しみ)」といいますか、愛憎相半ばしている。でも、基本的には好きなのです。

 問題は、日本に対してです。日本に対してHateはあるかもしれないけれども、Loveはあるのかな、と思うのです。日本は一段、米国と格が違うのかもしれない。日本人を見下し、悪し様に言う時のように、まさに「小日本」なのです。そういう意識が、かなり深いものとしてある。

 米国に人権問題などを批判された時、中国人は口では反論するけれども、本当はもっともだと思っている。でも、日本人に言われたら、とてもじゃない。それこそ「歴史問題」をもちだして、「日本は中国を侵略しておいて、何が人権だ、何が民主だ」と反発してしまうのです。

 ――それは、ある種の文化的なものなのでしょうか?

 西倉 ただ、別の見方をすると、日本も同じような罠に陥っていると思うのです。

 それは、小泉首相が、これだけ日中関係が悪くなっても「日米関係さえしっかりしていれば、日中関係は大丈夫だ」と堂々と言っているわけです。

 中国も、実は、日本というのは基本的に米国の後つけ馬だ。だから、米国さえしっかり押さえておけば、日本はどうにでもなると考えているむきがある。皮肉なことに、日本も中国も同じような罠にはまっている。米国からすると、高みの見物というか、むしろ何とかしてあげましょうというような感じになっているわけでしょう。

 ――ポジション的には、米国が有利ですね。

 西倉 立ち位置が有利になっていますね。だから、私は決して米国に対抗しようというのではないのですが、もう少し日本がフリーハンドを持って、主体的に中国との関係を構築できないものか。そうすることによって、中国にも一目おかせる関係になったほうが、健全なのではないかと考えています。

●ソフトパワー取り戻せ

 西倉 これまでの東アジアの歴史を俯瞰すると、日本と中国はどちらかが強いときは、他方は弱かったのです。それが21世紀は面白い状態で、日本と中国がかなり力を持ったまま並立するという、これまでなかったような時代、それをどう生きるかというチャレンジング(挑戦的)な状況になっている。

 そして米国は、実態があるのかどうか分からないけれども、中国という超大国が地平線の彼方に見えてきたことに懸命に対応しようとしている。世界最大の超大国が、将来、潜在的に超大国になる国に対して、これぐらい様々なことを考えて、これだけの人材を当てているのだということを、この回想録から垣間見られるのではないかと思います。それが私は、この本の<一番の売り>だと思っています。

 古川 本来であれば、日本が対中政策について、米国にアドバイスするなり、働き掛けていくべきところが、昨今の日中関係は「歴史問題」でかなり低いレベルのトーンになっているがゆえに、そういう政策協調が日米間であまりうまく出ていないという印象を私は持っています。

 西倉 そうですね。日本が米国に対して対中政策を提言するにしても、重みがないですね。日本は中国との関係においてレバレッジ(強み、優位性)がなくなっているわけだから。この辺のところは、どちらかというと小泉政権のマイナスの部分です。小泉さんの一種のこだわりというか、原理主義のようなところに陥ってしまっている。

 日本の戦後は、軍事面、安全保障面では米国の傘の下に入っていたけれども、国際協力や国連外交など、ソフトパワーで、けっこう日本の国際的地位を高めてきたのです。残念なことに、靖国問題がマイナス要因になって外交的なソフトパワーを弱めてしまった。もったいないことです。

リリー元大使の略歴

 1928年、スタンダード石油の市場開拓員だった父の任地、中国・青島に生まれ、51年、イェール大学卒業後、CIA(米国中央情報局)情報官となり、日本、台湾、香港、フィリピン、カンボジア、タイ、ラオス、中国に赴任。準軍事工作員の訓練、秘密工作活動に従事する。ニクソン訪中後の73年から2年間、CIA北京事務所長。CIA退官後、80年、NSC(国家安全保障会議)東アジア担当顧問。82〜84年、米国在台湾協会台北所長(大使に相当)。86〜88年、駐韓大使。89年、駐中大使となり、天安門事件に関与(〜91年)。中国・台湾・韓国3カ国の大使職をすべてつとめた米国唯一の外交官。国防総省次官補を経たのち、現在、保守系の有力シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所上級研究員。

    ◇

 なお、リリー氏は2003年に聖教新聞のインタビューに応じ、北朝鮮問題についてコメントを寄せている。 http://www.seikyo.org/us_int305.html

略歴

 ふるかわ・かつひさ 1966年、シンガポール生まれ。慶応大学経済学部卒。ハーバード大学ケネディ政治行政大学院(国際関係論、安全保障政策)修了。アメリカン・エンタープライズ研究所アジア研究部、外交問題評議会研究員、モントレー国際問題研究所主任研究員を歴任。第5回読売論壇新人賞優秀賞受賞。

 にしくら・かずよし 1947年、埼玉県生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業後、共同通信入社。マニラ、北京・ウランバートル、ワシントン各支局長を歴任。編集委員兼論説委員を務め、2004年に退社。83年、『中国・グラスルーツ』で第15回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。その他の著書に『アジア未来』など。