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寄稿論文

活字文化の振興を考える

新聞の特殊指定めぐる論議に寄せて

(創価大学教授・千野 直邦)

(2006年5月23日付)


「読書離れ」克服も視野

問われる紙面の質向上


公開シンポジウムで活発に討論

 現在、新聞の特殊指定をめぐる論議が高まっている。新聞販売については、再販売価格維持制度(「再販制度」、1953年独禁法改正)で独禁法の適用除外(23条)として新聞各社が販売店に定価を指定し、それを守らせることができ、また「特殊指定」制度(55年告示)で差別価格販売や販売店による値引き、新聞発行本社が販売店に注文以上に新聞を押し付ける「押し紙」を禁止している。

 公正取引委員会は、昨年11月2日、「規制緩和」の一環として公正な競争の下で公正な価格が形成されるべきであるとの立場から、新聞業などの特殊指定の見直しを開始し、本年6月までに結論を出す方針を発表した。新聞の特殊指定の見直しをめぐる議論には賛否両論がある。

 日本新聞協会は即日声明を出し、特殊指定の見直しを批判している。その主な点は、特殊指定の見直しは過疎地への宅配制度の崩壊と差別価格販売への移行のほか、憲法21条によって保障された報道の自由と国民の知る権利や文字・活字文化振興法の趣旨にも背き、時代の要請に逆行する、というものである。ちなみに、わが国の宅配制度は世界に類例のないものとなっている。

 過日(4月6日「新聞をヨム日」)、文字・活字文化を担う新聞のあり方をめぐり、その日本新聞協会主催による公開シンポジウム「活字文化が危ない! ――メディアの役割と責任」が都内で開催され(内容の詳細は4月12日付の新聞各紙朝刊掲載)、私も招かれ出席した。基調講演者(柳田邦男氏)は、デジタル社会における人間関係の希薄化を憂いて新聞の存在意義を強調し、また特殊指定外しは官僚主義から出ており新聞を弱体化するものである等とこれを批判していた。

保護振興を企図し種々の法制度

 一方、公正取引委員会委員長は、「再販制度があるので宅配維持は守られる」との見解により、特殊指定見直しの弊害がないことを改めて示している。また、新聞の特殊指定の廃止が文字・活字文化の振興に反するとの主張が必然的に結びつくものかどうかについては疑問がある、との意見もある。

 新聞販売の特殊指定論議については、その是非を考えるにあたり、新聞紙面自体の質と内容が向上できるものか否かが常に問われていることを前提として、「正義と公平」の観点から、販売のあり方と国民の知る権利の保障なども併せて考慮する必要がある。

 さらに、多種多様なメディアが並存し、ITやインターネットのコンテンツと、その利用が急速に進歩し続けている今日の社会において、新聞のあり方を考え続けることも重要であると思われる。

 ここで、文字・活字文化の保護と振興策の充実について、現在までの法制度を概観してみる。

 まず、著作権法は、伝統的に知的・文化的精神活動の所産全般を保護し、文化の発展に寄与することを目的とする(1条)。次に、文字・活字文化の振興に関する施策については、図書館法、学校図書館法等の関連法に基づく措置、その他の予算措置形式で実施されてきた。

 しかし、これらの施策は趣旨や目的を異にする各種制度や枠組みの下で実施されてきた個別的なものであり、文字・活字文化の振興のための一定の理念に基づく総合的制度整備の推進は企図されなかった。しかし、昨今では、国民の「読書離れ」や「活字離れ」が指摘されており、文字・活字文化の振興を図ることは重要な政策課題となっている。

デジタル社会の“光”と“影”

 2005年7月に施行された「文字・活字文化振興法」は、知的で心豊かな国民生活および活力ある社会の実現に寄与することを目的にして制定されたもので、同法には、文字・活字の振興に向けた国と地方自治体の責務を明らかにするとともに、文字・活字文化の振興に関する必要な事項を定めることにより、わが国における文字・活字文化の振興に関する施策の総合的な推進を図ることが明記されている(1条)。

 文字・活字文化振興法は、2001年に成立した「文化芸術振興基本法」を土台にしている。文化芸術振興基本法第18条には、「国語が文化芸術の基盤をなす」と明記され、国語教育の充実や調査研究、知識の普及などに必要な施策を講じることがうたわれている。文字・活字文化振興法には、この規定を具体化した内容が全面的に盛り込まれている。

 また、2001年には「子供読書活動推進法」が施行されている。上記の文化芸術推進法制は、すでに多くの文化人や関係諸団体から高い評価を得ているものである。

 社会のデジタル化が進む中で、デジタル社会の「光と影」のうち、「影」の部分が近年よく指摘されている。そのひとつは子供の教育において問題となっており、人間性の喪失や生(なま)の人間関係の脆弱さの原因になる、といわれることもある。

 このような社会における弊害に対処するためには、デジタル文化とアナログ文化の混合する今日の社会に応じた文字・活字文化の振興を推進する努力も有益である。その努力によっては、人間の内面を豊かにし、他者とのかかわり合いを学び、知る一助となりうる。活字文化が人間性の復活などの役割を果たすためには、まずもって、それを育む質と内容を伴ったものであることが求められている。こうしたことは、文明論における重要な課題である。

 (創価大学教授)


 プロフィル

 ちの・なおくに 1943年、東京都出身。早稲田大学卒業。明治大学大学院博士課程、沖縄国際大学法学部教授を経て、84年から現職。2004年から同法科大学院教授を兼属。著作権法学会理事、弁護士、弁理士。著書に『営業秘密の法的保護』『著作権法』『著作権法の解説』など。