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(2006年5月2日付)
“宗教史観”に基づく晩年の最関心事 |
トインビーの終生の大作『歴史の研究』は、諸文明の発生から解体に至るまでの歴史を述べたものであるが、その完成までに1929年から54年まで二十数年を要した。
この間、世界情勢は大きく変わった。とくに第2次世界大戦の経験の中で明らかになったことは、核兵器を生み出した西欧文明が、このままでは全人類の滅亡と文明の崩壊に至らざるをえないのではないかという危機感である。こうしたなかでトインビーは、1955年になって、敢えて「西欧文明の前途」についての一篇を、彼の『歴史の研究』体系の中へ加えざるをえなかったのである。
「西欧文明の前途」は、トインビーの長年の歴史研究の結論であると同時に、世界文明の現実と将来の展望を述べたもので、きわめて重要な文書である。いったい第2次大戦後、世界はどのように展開するのか。彼の文明史観から見れば、20世紀に残っていたのは次の八つの文明であった。(1)西欧キリスト教文明(2)その分派であるロシア文明(3)極東儒教・仏教文明の本体である中国文明(4)その分派である朝鮮並びに日本文明(5)インド・ヒンズー文明(6)イラン・イスラム文明(7)イラク・イスラム文明(8)ポリネシア文明。
しかし、これら諸文明は西欧文明のために絶滅か、同化の脅威にさらされていて、すでに衰退・解体期に入っているという。
第1次大戦後、シュペングラーは『西洋の没落』(1917年)を書いて、西欧文明は没落の運命を辿っていると警告を発したが、第2次大戦後のトインビーは、現存する文明のうち西欧文明だけが生き残って、いまなお成長期にあるとした。
しかし、その成長の前途は、人類に平和への希望を与えてくれないどころか、原子兵器や細菌兵器を用いて戦われる第3次世界大戦による全人類滅亡の危機にさらされているのが現実である。こうした状況を踏まえて考えてみると、真の平和の誕生を西欧文明に託すことは難しい。
こうしてトインビーは西欧中心主義を批判し、非西欧に希望を託すに至るのであるが、彼が西欧中心主義を批判するのは、文明は宗教に仕えるために存在している、その逆ではないという信念からである。
トインビーは、『歴史の研究』全10巻の刊行をおえたのち、1956年2月、ベロニカ夫人を伴って世界一周旅行に旅立った。西欧文明の未来に悲観的であった彼は、非西欧的世界の文明、とくに西欧化の影響を受け工業化・近代化が進んでいるが、まだ日常生活の中に宗教が生きている日本、その大乗仏教に関心をもった。
大乗仏教については『歴史の研究』のなかでしばしば言及してきたが、改めて大乗仏教のもつ非排他性、とりわけその伝播の過程において土着の信仰や宗教の排除・撲滅を行わず、むしろ平和的に共存し、今日に至っている事実に注目した。
文明は宗教に仕えるために存在するという文明観に立つトインビーにとって、どうして大乗仏教は平和的伝播が可能であったのかという謎を解くためにも、大乗仏教の国・日本はどうしても訪ねたい国であった。世界一周旅行の途次、2カ月の日本訪問を予定に組み入れたトインビーが大乗仏教についての日本の有識者との本格的対話を期待していたことは間違いない。
滞在中、トインビーが交わした日本史家・東洋史家との対話については、蝋山政道氏が『世界の名著 73 トインビー』(中公バックス 1979年)に寄せた「トインビー史学と現在の課題」の中で触れているが、それを見る限り対話はトインビーから日本は何を学んだかが中心課題になっていて、大乗仏教に関するトインビーの要求と期待に応えられるものであったとはいえない。
その点、京都での会談に出席した桑原武夫氏は、その場の雰囲気を素直につぎのように記しているのは印象的である。「長時間疲れを見せず意見交換したのは壮観であったが、そのさい彼がもっとも熱心に質問をくりかえしたのは大乗仏教についてであった」と。
当時の日本の思想界、人文・社会学界では、大乗仏教は文明史のテーマにはなっていなかった。むしろ大衆文化論をもってトインビーと文明論を論じようと試みたようだ。
しかし、桑原氏は「文明の将来を考えるからには、好むと好まざるにかかわらず、大衆文化の問題は避けて通ることはできぬはずだがと、私は少しいぶかしく思った」というように、トインビーの大乗仏教論への期待は、残念ながら擦れ違いに終わったのである(A・トインビー著/桑原武夫他訳『図説 歴史の研究』III、1976年 「あとがき」)。
トインビーの希望が叶えられ実現するのは、それから16、17年後の池田大作氏との『21世紀への対話』(1975年)である。
(堺市博物館長、和歌山大学名誉教授)
略歴
つのやま・さかえ 1921年、大阪市生まれ。京都帝国大学卒業。イギリス近代経済史専攻。お茶・時計など身近なものの生活史、社会史の研究を通じ経済史研究に新しい分野を開拓。著書に『時計の社会史』(中公新書)、『堺――海の都市文明』(PHP新書)など多数。近著に『茶ともてなしの文化』(NTT出版)がある。