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寄稿論文

観光立国・日本への提言

北海道大学に高等研究センターを新設

(北海道大学観光学高等研究センター長・石森秀三)

(2006年4月25日付)


創造的な人材の育成が急務

地域住民と訪問者が感動の共有を


全世界の外国旅行者8億人

 私は約20年前に「観光人類学」という新しい学問を提唱したことがある。その時に、私の同僚は「なぜ観光のような下らないテーマを選ぶのか? そのような学者は二流、三流だ」と言われた。それを聞いた別の同僚からは「いや四流、五流だろう」と揶揄された。口の悪い同僚に限らず、当時の学界では観光研究に対する評価が低かった。学界だけに限らず、当時の政界、財界、官界、マスコミ界による観光の位置づけはかなり低かった。

 ところが、いま日本で観光をめぐって大きな地殻変動が起こっている。政府は2003年に観光立国懇談会の提言を受けて、観光立国宣言を行った。それに伴って、政府の各省庁は「住んでよし、訪れてよしの国づくり」をスローガンにして、観光立国に関連する各種の施策や事業を積極的に展開している。

 観光立国の背景には、一つには地球的規模での人の動きの活発化があり、もう一つには少子高齢化に伴う日本の各地域の衰退化がある。

 WTO(世界観光機関)は2005年における全世界の外国旅行者数が8億800万人に達したことを明らかにしている。同時多発テロ、イラク戦争、SARS(サーズ、重症急性呼吸器症候群)、鳥インフルエンザ、インド洋大津波など、外国旅行の阻害要因が頻発するにもかかわらず、全世界の外国旅行者数は増加し続けている。WTOの予測では、外国旅行者数は2010年には10億人、2020年には15億6000万人に増加すると予測されている。

経済・文化の活性化に貢献

 その理由は、アジア諸国からの外国旅行者が今後、劇的に増加すると予測されるためだ。地球的規模での外国旅行者の劇的増加に対応して、観光立国を図ることによって、日本の経済的・文化的活性化に役立てようと意図されている。

 観光立国に伴う国内的な目標は、短期的には観光を基軸にした「地域再生の実現」であり、中長期的には「美しい日本の再生」や「文化創造国家の実現」になる。2005年12月に経済産業省は「2030年における地域経済規模予測」を公表した。

 その予測によると、2030年ごろに大都市圏と一部の地域を除いて、日本のほとんどの地域で経済規模の縮小が生じるとみなされている。少子高齢化が現実化するなかで、日本の各地域で経済的な衰退が生じるわけだ。

 現在の日本ではすでに「地域再生」が国家的課題になっている。政府は地域主導による各種の地域再生事業を支援しているが、その多くは広い意味での「観光」にかかわる事業だ。

 その理由は、地域再生を実現するためには「交流人口の拡大による地域活性化」が不可欠であり、観光を基軸にした地域再生事業が重要にならざるを得ない。

 観光による地域再生が国家的課題になるなかで、早急に取り組まなければならないのは「新しい観光の創造」という重要課題である。日本ではこれまで「観光」は「国(地域)の光を観る」ということが転じて、「観光客が名所を観て回る」という現象とみなされてきた。

業界中心パック型から脱却

 現に、20世紀における日本の観光は「団体による周遊型の名所見物」を中心にして展開されてきた。そのさいに中心的役割を果たしたのはパッケージ旅行商品づくりを行った旅行会社や観光客にサービスを提供する観光関連企業であった。20世紀の日本の観光は基本的に旅行会社や観光関連企業が中心になって推進されてきた。

 中国の古典『易経』によると、「観光」の本義は「国の光を観る」ことよりも、むしろ「国の光を示す(観せる)」ことにあると説かれている。要するに、国民が自らの住んでいる地域に誇りを持つことができ、幸せを感じることができるような国づくり・地域づくりを行うことが「観光」の本義とみなされていた。

 観光立国の推進に当たって、最も重要な課題は、地域住民が主役になり、地域住民が誇りを持つことのできる地域資源を持続可能な形で訪問者(観光者)に提供することによって、地域住民と訪問者がともに感動や幸せを共有できるような「新しい観光」の創造を行うことだ。

 国を挙げて観光立国の推進を図り、観光を基軸にした地域再生を実現するためには「新しい観光の創造」に貢献する人材の活躍が不可欠である。地域における観光創造の分野をリードする人材の育成はまさしく急務の国家的課題である。

 北海道大学は今年4月に観光学高等研究センターを新設して、観光創造の調査・研究に着手している。また、来年4月に観光創造専攻の大学院を新設するための準備を行っている。「フロンティア精神、国際性の涵養、全人教育、実学の重視」という基本理念を有する北海道大学において、観光創造のための高等研究・教育拠点の確立が図られている。私は「熟年よ、大志を抱け!」の心境で、今年4月から仕事に励んでいる。(北海道大学観光学高等研究センター長)


 略歴

 いしもり・しゅうぞう

 1945年、神戸市生まれ。甲南大学経済学部卒業。オークランド大学大学院に留学後、京都大学人文科学研究所研究員、国立民族学博物館教授などを経て、今年4月から現職。観光立国懇談会委員、国土審議会専門委員、文化審議会専門委員などを歴任。編著書に『観光の20世紀』『博物館概論』『南太平洋の文化遺産』など。