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寄稿論文

『ナチからの脱出』を訳出して

(中東、ユダヤ問題研究家・滝川義人)

(2006年3月14日付)


欧米で話題のノンフィクション

ドイツ軍将校に救出されたユダヤ人



ワルシャワ包囲中の奇跡

 第2次大戦中、奇跡のような救出劇があった。ドイツ軍情報部が救出隊を編成し、ワルシャワへ派遣してルバビッチ派という小さなユダヤ教団のレッベ(導師)を捜索発見のうえ、ベルリンへ送ったのである。

 戦前330万を擁したポーランドのユダヤ人社会は、ホロコーストで10%しか生き残らなかった。ソ連が合併したポーランド東部から中央アジアへ強制的に移住させられた人々が主で、リトアニアに逃れて“杉原ビザ”で日本へ脱出して生き残った人もいる。

 大戦中、自分の命をかけてユダヤ人を助けた人々を、イスラエルのホロコースト記念館ヤドヴァシェムは義の人として顕彰し、その数は2006年1月現在で、日本の杉原千畝領事を初め2万1310人になる。ポーランド5941人、オランダ4726人、フランス2646人が主なところで、ドイツは427人が顕彰されている。全体の2%程だが、命がけでユダヤ人を助けたドイツ国民もいたわけである。

 では、何故、ドイツ軍情報部が小さな教団の導師を救出したのであろうか。その背景や経緯は本書に詳しいが、ナチ経済官僚のトップであったルブリー・ヴォールタットと米国務省ヨーロッパ局次長ロバート・ペルの秘かな関係に、ヒトラーに反感を抱く軍情報本部長カナリス提督がからみ合い、マックス・ロードという敏腕弁護士の活動で実現したのであるが、アメリカ・ビザ取得の難しさ、アメリカ国内にみられた反ユダヤ主義も、本書で明らかにされる。

戒律重視のルバビッチ派

 3000年の歴史を有するユダヤ教には時々、宗教改革運動が起きる。ポーランド南方カルパチア山脈の寒村に生まれたハシディズム(敬虔主義)もその一つで、重箱の隅をつつくような聖書のこまかな字義解釈を排し、祈りと善行、歌と踊りが神に近づく道とした。これが貧困と迫害にうちひしがれた東欧のユダヤ人の心をとらえたのだが、ルバビッチ派はその流れをくむ一派で、名称は白ロシアの一地名に由来する。

 彼らの戒律順守は徹底しており、ワルシャワ防衛戦で住民が塹壕掘りに動員されても、これを避けて祈りで一日を過ごし、餓死寸前にありながら救出隊が差しだしたハムやソーセージなどを、コシェル(清浄の意、ユダヤ教の食物戒律)に合致しないとして拒否した。

 ワルシャワにとり残されたユダヤ人たちはゲットーに押しこまれ、逐次、トレブリンカへ移送されて殺され、生き残りの人々が1943年4月にゲットーで蜂起した。しかし、その時もルバビッチ派のユダヤ人は抵抗活動に参加せず、日夜祈りと学習に没頭して殺されてしまった。

 救出された導師のシュネールソン師一行は、ベルリンからリガまで独軍将兵に警護され、さらにスウェーデン経由でアメリカへ渡った。導師がヨーロッパにとり残された同胞の安否を気遣ったのはもちろんだが、無力感の漂うなかでまず叫んだのは、祈りと戒律の厳守であった。

 戒律をおろそかにする在米ユダヤ人社会の世俗化傾向は、導師からみれば崩壊を意味していた。ユダヤ教の戒律は、土曜日を安息日とし、こまかな食物規定があるなど、日常の生活のなかに組みこまれて、共同体としての独自性が保たれている。ヒトラー式のポグロム(ロシア語で、破滅・破壊を意味する)を物理的破壊とすれば、戒律を忘れ信仰を放棄することは、精神的自壊を意味した。

関係者は皆、数奇な運命

 ユダヤ教の伝統によれば、信仰=学びである。2000年前、ユダヤ国家がローマに滅ぼされた時、ユダヤ人指導者のひとりヨハナン・ベンザカイが、まずやったのは、エルサレムを脱出し、海岸地帯のヤブネにユダヤ教学のアカデミーを建設することであった。学びと戒律順守による生命力の維持は、離散地のバビロニアやスペインに引き継がれ、アメリカに渡った導師もそれにならったのである。

 1000年続くと豪語していたナチ第三帝国は、わずか12年で崩壊した。救出の指揮をとった独軍情報本部長のカナリス提督は、反ヒトラー運動の科で逮捕され、敗戦3週間前に処刑された。救出隊長のブロッホ少佐はその後、連隊長になったが、ユダヤの血がまじっていることを理由に解任され、敗戦1週間前、国民突撃隊と共にベルリン防衛戦で戦死した。

 世界のユダヤ人口は現在1300万人弱。この60年間ほとんど増えていない。晩婚少子化のほか、世俗化の進む欧米のユダヤ人社会で通婚率が50%近くになり、非ユダヤ人男性との間に生まれた子供は、改宗手続きをしない限り非ユダヤ人であるからだ。ハシッド運動は、ルバビッチのほかにボボフ、サトマル等の諸派があり、アメリカに共同体を再建し、大家族で着実に人口を増やしつつある。

 (中東、ユダヤ問題研究家)


略歴

 たきがわ・よしと 1937年、長崎県生まれ。早稲田大学卒。前イスラエル大使館チーフ・インフォメーション・オフィサー。現在、MEMRI中東報道研究機関日本代表。著書に『イスラエル式テロ対処マニュアル』(並木書房)、『ユダヤを知る事典』(東京堂出版)など。