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(2006年2月21日付)
従来の内政問題が国際安全保障問題に |
「実際に事件でも起こらない限り、何も抜本的に変えられませんよ」
日本で感染症対策やテロ対策などについて議論する場合、ジャーナリスト、政府関係者、専門家などからほとんど必ず決まって出てくるコメントである。事件が発生してからようやく動き出すという事後的な対処姿勢が、いまだ今日の日本で様々な政策分野における対応に見受けられる。
このような事情は多かれ少なかれ米国政府でも同様ではあるが、少なくともそのような姿勢を打破しようという姿勢だけは評価されるべきであろう。
今年1月31日、米国のジョージ・W・ブッシュ大統領が毎年恒例の「一般教書演説」を行った。その中には世界の安全保障環境を安定化に向け、米国の経済的リーダーシップの維持、自国の国力強化のために、世界システムを積極的に形作ろうとする米国の国家戦略指針が表明されている。
今日の世界は複雑な課題に直面している。まず、中国、ロシア、インドなど、その将来像が不透明な大陸国家との間で安定的なパワー・バランス、建設的な相互関係を構築しなければならない。
また、大自然災害、テロ、感染症、大量破壊兵器拡散、移民問題、エネルギー安全保障、環境問題など、国境を越えたグローバルな課題への対応も緊要である。そして、情報技術社会の進展に伴い、NGO(非政府組織)やテロ組織などの非国家主体の国境を越えた活動が国際システムに及ぼす影響力が格段に強まってきた。
このような変化を受けて、21世紀における「安全保障」の概念は拡張している。従来、国内政治制度や人権の取り扱い、「法による支配」の欠如、汚職・腐敗などのガバナンス面での問題、貧困、汚職、移民問題などの諸課題は内政問題としてみなされ、伝統的には安全保障上の課題とは必ずしもみなされていなかった。
しかし今日、世界中の様々な地域でこれら諸問題がテロ、国際犯罪、感染症拡大などの国際安全保障上の「新たな脅威」の主要な一因となっており、安全保障上の重要課題としてもみなされるようになった。
大統領一般教書も、これら諸問題への対応の重要性を強調する。特に中東地域や開発途上国などにおける自由民主主義の普及、女性や社会的弱者の人権尊重、腐敗・貧困の排除などを通じたセルフ・ガバナンス能力の向上などが、「テロとの戦い」や圧制排除のためにも不可欠とされる。
なかでも中東情勢は深刻だ。中東にはハマス、ヒズボラ、アルカイダなど様々なイスラム過激派組織の拠点が存在するうえ、イラン核開発問題は中東地域のパワー・バランスを不安定化させ、最悪の場合、武力紛争にまで発展する可能性すら秘めている。
もしそうなれば、イスラム過激派が活性化し、中東和平プロセスやイラク・アフガニスタンの復興にも取り返しのつかない支障を生じかねない。これほど不安定な中東地域に対して国際社会は高いエネルギー依存度を有しており、世界経済の大きな不安定要因だ。
一般教書演説はまさにこの問題に焦点をあて、米国における対中東エネルギー依存度低減のため、2025年までに中東からの原油輸入の75%削減を目標に、代替エネルギー源の開発、省エネルギーの推進など、新エネルギー戦略を提唱する。その上で、中東諸国に自由民主主義的制度の普及に向けた圧力をかけ、ガバナンス能力の向上を通じて、国際安全保障上の「新たな脅威」の根源を除去していこうとの戦略だ。
しかし、中東・湾岸・北アフリカ諸国に民主化の圧力をかけた結果、エジプトではイスラム過激派組織のムスリム同胞団が政治的勢力を拡張し、パレスチナではテロ組織ハマスが与党に躍り出ることとなってしまった。状況は改善しているのか、それとも悪化しているのか。この地域で民主化推進と「法による支配」とはいかに両立しうるのか、慎重な評価が必要だ。
加えて一般教書演説は、中国やインドという新興諸国の台頭などをも念頭におき、米国の経済的リーダーシップ維持の重要性を説いている。米国でもベビーブーム世代の引退に伴う高齢化社会は大きな問題だ。老人医療保険制度、国民医療保障制度、保険医療制度などを中心に財政バランスは急速に悪化の一途を辿っており、行財政改革も重要課題である。
また、米国は競争力強化のため、数学・科学教育の強化など様々な教育改革を行い、質の高い人材育成を図ると共に、ナノテクノロジーなどの主要基盤科学分野における基礎研究を強化する。さらに、テロ対策や違法入国者取り締まり強化の一方、新規労働力確保のためにさらなる合法移民を受け入れるべく新移民法制定を図っている。
大統領一般教書演説が取り上げた上記の諸課題は、日本にとってもきわめて重要な課題だ。中東情勢は日本のエネルギー安全保障の根幹を揺るがしかねず、なかでもイラン核問題は日々深刻化している。しかし、なぜか日本では新エネルギー戦略を巡る議論はいまだに聞かれない。
また、高齢化社会の急速な進展に伴い、経済成長率が少し改善しただけで人手不足が顕著である。少子化対策に加えて、海外労働者を受け入れなければならないが、テロ・犯罪対策とどうバランスさせるのか。かつて大量に海外移民を受け入れた欧州諸国では、今や移民に対する社会的差別が暴動やテロなどの大きな社会問題の一因となっている。
いかにすれば日本は欧州の過ちを避けられるのか。新たな移民政策を巡る議論もあまり聞かれない。ましてや日本の世界における役割など、ほとんど公で議論されたことがない。
「今の世界システムの問題は、大国(EU、中国、インドなど)の数が増えてきたことではない。むしろ、世界中の諸問題を解決できる真の超大国が米国のみになってしまったことだ」――米防衛分析研究所のブラッド・ロバーツ博士はこう指摘する。
日本でも緊要な課題は山積しており、国家的戦略構築に向けた議論が早急に必要だ。ライブドア事件、耐震偽装事件など、国内の個別問題ばかりを議論している場合ではない。
(社会技術研究開発センター研究員)
略歴ふるかわ・かつひさ 1966年、シンガポール生まれ。慶応大学経済学部卒。ハーバード大学ケネディ政治行政大学院(国際関係論、安全保障政策)修了。アメリカン・エンタープライズ政策研究所アジア研究部、外交問題評議会研究員、モントレー国際問題研究所主任研究員を歴任。第5回読売論壇新人賞優秀賞受賞。