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(2006年1月31日付)
話題・有名・人気に溺れる業界の病弊 |
ライブドア事件は東京地検の手で解明が進んでいる。この事件は直接的には経済犯罪の問題だが、その背後には文化と社会構造の問題がある。
端的にいえば、「話題」「有名」「人気」の3要素に取りつかれたテレビを先頭にしたマスメディア業界の病弊と、少数の奢れる勝者・金持ちと過剰労働・低収入にあえぐ多数の被害者(私はあえて“被害者”と呼ぶ)が並存する異様な社会状態が、ライブドア問題にまとわりついているのである。この問題に関する報道が過熱し、政治家、経済人、有識者のみならず一般人も活発に発言しているのはそのためだろう。
しかし、それにしても、堀江容疑者のマスメディア活用術は、実にうまくはまっていた。現在の日本社会では、先の3要素のうち「人気」が最上位にあると私は考えているが、その「人気」確立のための一番手っ取り早い方法は、テレビのバラエティーにレギュラーないし、それに準ずるぐらいの頻度で登場することである。
しかし、それは本人が望んだだけでは不十分で、実現するためには、バラエティーの企画者がその人物を出演させたいと思うほどに「有名」になる必要がある。「有名」になるためには「話題」、それもある程度継続するような「話題」の中心人物になればよい。プロ野球・近鉄球団の買収に名乗りをあげたのは、実に有効であった。
人気下位の近鉄球団とはいえ、買収に名乗りをあげたという事実だけでスポーツ・ニュースは大きくとりあげる。そうするとワイドショーもとりあげる。そしてそれらのインタビューに愛想良く、かつ、少し個性的に応答していれば「有名」になり、バラエティーやワイドショーの企画者も出演者候補としての堀江青年に対して好感と期待感を持つ。
しかも、その後、彼はニッポン放送買収に乗り出し、何冊か挑発的な本も書いている。
それに加えて、当時の堀江青年には、若くしてIT事業を起こし、成功して金持ちになったという社会的ステータスがあった。テレビは、その種の個人情報を好み、かつ活用する。かくして彼は、ついにバラエティーに登場することになる。さらには彼の狙いと政党の思惑とが共鳴して総選挙立候補にまでいってしまった。
ただし当時の堀江青年がそこまで正確に読んで計画していたとは思えない。検察の調べでも、彼は「話題性による株価上昇」を狙っていたとされている。しかし結果として、彼の「人気」は揺るぎないものとなった。
もちろん彼が人気者になったのは、彼自身のもつキャラクターとステータスも大いに作用している。このうちステータスが有効に作用したのは、若者の支持を得たからである。現在の日本の若者は、経済的に過酷といっていいほど冷遇されているにもかかわらず、テレビその他の大衆文化世界では極度に迎合され、また消費者としておだてられており、多くの若者はその巨大なギャップに感づいている。
しかし、当時の堀江青年は自力でそのギャップを乗り越えた。しかも若者の大好きなテレビ世界の有名人にまで上り詰めた人物であったから、若者たちの夢と見事にマッチングした。また伝統的大企業や有名企業を尻目に新事業を成功させたようにも見えた。だから彼はヒーローになった。
一方、マスメディアの側も、新しいIT時代、自由主義経済、インターネット時代の株取引などの新しいキーワードのイメージと、堀江青年のズケズケ語る口調や大胆な経営方針などから、彼を新しいタイプの事業家とみなして、褒めそやした。もちろん、これらのことがすべて間違いだったというのではないが、マスメディアの地位と責任の重さを考えれば、もっと慎重であるべきだったと思う。
テレビ局の場合は、一つのチャンネルの中に芸能系部門と報道部門が別にあり、報道部門には経済部も社会部もある。経済記者ならばライブドア急成長の陰に不正がありそうだということはわかっていたはずだし、社会部記者なら会社が短期間に急成長してしかも本人がテレビに出演してはしゃいでいるのを見て、胡散くさいものを感じたはずだ。
そのような情報をバラエティーなどの芸能系部門と共有して検討すれば、これほど恥ずかしい目にあわなくても済んだだろう。現実に局内にある縄張り意識や相互の軽蔑感情などをそのまま容認すれば、情報の共有などは不可能だろうが、それでも問題によってはそれを乗り越えなければなるまい。それは経営トップが本気で取り組むかどうかにかかっている。
このライブドア問題は、マスメディアや経済的二極分化の問題のほかに、政界・財界の安易さ・不用意さも炙り出した。われわれは、ある意味での日本社会のだらしなさを、ここで、今一度反省するきっかけを与えられたとして受け止めたほうがよいのではないか。
(創価大学教授)
略歴たむら・みのる 1939年、高知県生まれ。東京大学文学部卒業。64年、NHK入局、放送文化研究所主任研究員を経て92年より現職。早稲田大学非常勤講師、元日本マス・コミュニケーション学会理事・企画委員長。専門はマスコミ産業論、メディア史。編著に『メディアと情報のマトリックス』、共著に『テレビ史ハンドブック』がある。